City Pride interview for Ken Hasebe – part1

interview&photo: Moichi Kuwahara design: Yuuki Ikegami

長谷部 ぼくは渋谷で生まれ育ちました。小学校くらいまでは意識してなかったです。近所の風景がテレビに映っていたり、芸能人やスポーツ選手がふつうにいたりとか、それを分かっていなかった。中学生くらいのときに「あれっ」て思ったことがあるんです。部活で都大会や県大会で渋谷区外のチームと試合をして気がついたんです。ぼくたちの原宿中のハマキが盗まれたんです。これって、ちょっとした渋谷ブランドですよね。

桑原 長谷部さんの世代は?

長谷部 80 年代が青春ですね。72 年生まれの43 歳だから。それから、高校でも大学でも社会人になっても、渋谷に住んでると言うと、いいな、いいなって言われて(笑)。

桑原 お住まいは?

長谷部 実家は神宮前の「まい泉」の裏。小学生の頃は竹の子族・ロカビリー族、中学の頃にDCブランドが流行って、高校の頃に渋カジ・アメカジ。そしてコギャル、ずっと発信がありました。ストリートから生まれるカルチャーに揉まれて育ったともいえる。明らかに街の景色は変わっていっています。上手に先輩たちが変えてきているんですね。表参道は明治神宮の参道ですが、和の文化に洋の文化が乗っかってクールに映る。渋谷も摩天楼だけど、地べたでカルチャーが生まれている。だから守るべきものは守りたい。例えば歩行者天国は復活させたい。文化を生む土壌を大事にしたいということです。そういう「シティ・プライド」を次の世代にも受け継ぎたいと思っています。渋谷区民というよりも、「渋谷人」という考え方をしたいと思っています。
政治家としては若いと言われますが43 年一つの街に住んでいれば、だいぶベテランです。それを活かせると思っています。今の夢はこの街をクールにする。それに尽きますね。国をどうしようとか都をどうしようとは思わない。これはグリーンバードの活動で確信したことですが、渋谷区が変わると結構波及すると思うんです。表参道で始めたゴミ拾いが注目され、およそボランティアしそうもない茶髪金髪の若者たちがゴミ拾いをし、「俺たちもやってみたい」という広がりを見せ、それは世界80 か所に広がっていきました。また、生涯学習の新しいかたち「シブヤ大学」もそうです。区が全部キャンパスという考え方で、民間とタイアップしながらやっていく手法です。あれも渋谷のブランドで注目されて、全国でシブヤ大学をモデルにしたものが200以上はできているんです。

shibuya

BEAMS だってARROWS だってSHIPS だって、情報発信型のセレクトショップの隆盛もこの街からだし。そういう先を行く街というギフトを強みとして認識して、勝負をしていきたい。メジャーリーグのクリーンナップで活躍するタイプではないと自分のことを思っています。マイナーリーグでぶんぶん言わせていたいタイプ(笑)。

桑原 待合室で歴代の渋谷区長の写真を拝見していて感じたことですが、政治家の顔もずいぶん変わってきていますが、長谷部さんが額縁に納められたらきっと異質ですね。(笑)これは目標を成し遂げると言う意味ですが、区長を長く務めることは法律的にも難しいんですか?

長谷部 まあ、三期とかが多いですね。実際、区長の仕事はハードです。得たものもあるけど、失ったものも多い。まだ子供も小さいので家族と過ごす時間も大事です。あと、公人ですから、そういうふうに見られる。自分の顔がポスターになって街に貼られるのも違和感ありますしね。

桑原 革命、というと少し大げさですが、社会のシステムを少しずつ変化させて、より「人々寄り」の社会へ舵を切った場合ですが。そもそも、これまで私たちは、まるで信者のように資本主義(マネーゲーム)に盲信した戦後でした。しかし「それで幸せなの?」と聞かれると…70 年かけてこうなった。良くするにはすごく時間がかかると思いますし、後の世代につないでいくことが大切になっていく。未来から今を見るという哲学や、七代先の子孫を見据えて生きるネイティブ・アメリカンのように。そういう意味での引き継ぐべきシティ・プライドは、「おしゃれな」というイメージではなくて……。

長谷部 郷土愛ですね。

桑原 自分が退いた後も引き継がれるであろう具体的な政策と未来の街のイメージをお持ちでしたら教えてください。

hase長谷部 自分で時代を創るとか街を作るというおこがましいことは考えていません。変化の速度を速めたいと思うんです。ダイバーシティ(※多様性を受け入れ、多様性を積極的に活かして効果的に変化に対応し続ける街)というのも、そうです。これだけ国際都市として発展して、情報が入ってきてメディアリテラシーも備わっていくなかで、当たり前のように様々な角度の情報が正確に入ってくる。そうなると、単一の情報や立場に限界があるのは当たり前のように分かってくることです。多様な人がいるというのも、もう事実として分かっていく。ハーモニーを奏でるようにみんながいろんな個性でいい、そういうことが必要な時代が来るんです。当たり前のようにやってくる変化の速度を速めたい、そして、加速させるのに必要なことを具体的に考えていく。たとえば、さっき資本主義の話がありました。確かに資本主義は行き過ぎたとは思うんです。でも、大金持ちや大儲けした企業が社会貢献をやろうとしている、それを行政が受け入れようととしない事実があるんです。

桑原 なるほど。

長谷部 社会も同様に、どうせ金持ちは、みたいな発想がどこかあって。アメリカはそこが進んでいます。この間もザッカーバーグが学校を設立するというニュースがありました。企業人が意志をもってやっているし、それがクールなんだというふうに若い世代はたぶん感じ始めています。それを推し進めるスキームを作りたいんです。企業を悪という人にも、そこで生まれたお金を還元する仕組みを作れば分かる意識が変わるかもしれません。たぶん、革命はもう起こっている。見えない革命が起きている。必要なのは速度。この街を作ってきたのは間違いなく上の世代で、その恩恵を受けている僕としては彼らをリスペクトしている。「俺たちの時代だからそれをよこせ」というのはもはや意味のない世代闘争であり、血を流す革命は意味がない。でも、ゆっくりと、とも言っていられないから、布石を打っていくんです。合意形成(コンセンサス)が必要です。そっちのほうが「渋谷だから」というロジックが有効です。渋谷だから世の中の先へ行こうぜ、ということで合意がとれる。実際に、もうかなり多様性があるのが渋谷です。いろんな人がいていろんな業種もありますし。芽が出ている。それを推すだけです。

桑原 たとえばイオンが全国に進出して、歯抜け商店街が消えイオンがつくる社会インフラが生活者の意識まで変えていく。進歩という名目ですが、やはり賛否両論があり、しかも、イオンの本社が千葉にあって、地元へ税金が還元されない。これはまずいわけですよね。渋谷が本社の企業も社会貢献のかたちが分かりやすくなればいいですよね。

長谷部 働いている人がそこに住めばいいんですよね。住民税というかたちで貢献できますからね。未来は、もっとハイテク。もっと便利になるだろうし。受験戦争世代のぼくたちとは違って、次世代の世界はそういう時代じゃない。知識はもうここにある、と(スマホを指しながら)グーグルの社長も言っていますが、なるほどその通りだと思います。知識をどう活用するか、アレンジするか、そういうイノベイティブ、クリエイティブなことが求められる時代になる。しかし、それはまだ教育の分野では行われていないですね。渋谷の教育大綱にはそういうことを盛り込んでいきます。

桑原 それはいいですね。小学校の高学年から中高にかけて経験する様々な要素が生涯を通じてその人の個性を作ってしまいますよね。その割には親も社会もそのことを認識していない。だからそういう世代の為の新たな教育のインフラを企業と組んで作れたらどんなにいいだろうと思うんです。

長谷部 考えている企業もありますね。そういうところと組みたいと思っているんです。

桑原 音楽ひとつとっても、その世代は阻害されていますよね。夜のクラブカルチャーが未成年を規制するのは仕方ないとしても、明るい昼間でいいから、サウンドシステムも含めていい音楽体験する場が必要です。個人的には色々やってきましたが、社会そのものが音楽に限らず文化そのものに関心がないのかと暗澹とした気持ちになっていました。

長谷部 いろんなことが白× 黒、0×100 で議論されちゃいますね。チューニングが必要です。

桑原 そういう施設が一つ生まれるだけで、渋谷区に住みたいという気持ちが親子で生まれるかもしれないですよね。なにか、そういうことに向けた具体的な計画はありませんか?

長谷部 いっぱいあります(笑)。たとえばラジオ。

桑原 渋谷のラジオはどんなふうになっていくのですか?

Part2に続く【2016/2/11更新】


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