City Pride interview for Ken Hasebe – part2

interview&photo: Moichi Kuwahara design: Yuuki Ikegami

長谷部 ひとつは防災です。防災無線が渋谷にもあるんですが、高いビルがあって遮断されていたり、防音設備も発達しているので聞こえなかったりします。何かあったときにラジオをひねれば情報が入るということです。そういうふうに機能してもらいたいです。でもまず、その存在を知ってもらわなければいけないです。今いろんなスターが出資してくれています。福山さん、谷村新司さん、AKBの指原さんとかね。各世代に人気のある人たちが集まってくれている。そういう人たちが注目を集める一方で、この街にはローカルスターみたいな人もいっぱいいる。町会の人だったり、美味しいレストランとか魅力的なショップを長く経営している人には独自のネットワークがあります。そういう人たちにスポットライトを当てていくと街がもっと活性化していきます。いわゆるコミュニティリーダーですね。
また、知られてないですが、シニアクラブが渋谷区には100 くらいあるんです。静かに余生を送りたいというお年寄りもいるけど、アクティブに地域貢献しようとしているお年寄りもいる。ならばシニアクラブに入っていくのもいいと思うんです。でもどういう活動をしているかとか、知る術がない。また渋谷に住む外国人にもしゃべってほしい。区ニュースも議会で何やっているか、区議会議員に出てしゃべってもらう。ラジオの役割はダイバーシティへの一歩でもあります。また、障害者にもスポットライトを当てていきます。これについて言うと、大きなチャンスはパラリンピック。パラリンピックを成功させることが成熟した国際都市の条件だと思うんです。就任したときに言った、「ロンドン・パリ・ニューヨーク・渋谷区」っていうのはマジで思っていて、それを実現していくために必要なのは、ダイバーシティ・多様性を推し進めることだと思うんです。それに向けて、障害者に対しての意識を変えていく。
今回LGBT(L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダー。順番に、女性同性愛者、男性同性愛者、両性愛者、生まれたときに法律的/社会的に割り当てられた性別とは異なる性別を生きる人のことを言います。) の問題でも思ったんですけど、これは当事者の問題ではないんです。マジョリティの意識の変化が求められているという問題で、そこに良いアプローチをしたい。法律や条例で何かやっても街の空気は変わらないものです。障害者は5%以上いると言われています。「鈴木さん佐藤さん田中さん高橋さん」と同じ数いるんです。そんなにいるの?と思うけど、事実にフタされているという状態です。そういうところを積極的にやっていきたい。障害者福祉と言うことに関しては、実は手を差し伸べて手厚くやっているんです。お金はかけている。

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でもまた違ったポイントがありますね。かつて、グリーンバードで年に一回、知的障害児とやっていたんです。二年目くらいに、ある、お母さんから、「知的障害児を15 年間育ててきたけど、この子が社会に役に立っている場面を初めて見た」って、涙ながらに感謝されてびっくりしたことがありました。意識はしなかったけど、でも、そうやって障害者と交わるということに意味があったんです。一切お金をかけずにこういうシーンを作れた。ドキッとしてじーんときました。これは一つのヒントです。「手を差し伸べる、お金を出す」ということではなく、「一緒になる」ということがいい。これはマジョリティ側の意識の問題ですね。景色ということでいうと、ショーウィンドウに片腕がないマネキンがあってもいいし、かっこいい車椅子をディスプレイしてもいいし。5%というと日本でいうと700万人強。マーケットとしてはデカい。フタされている現実をマーケットとしてみてもらったほうがいい。そういう視線の施策をしていきたいんです。
それで、この間、超福祉展というのもやりました。また、最新型の福祉機器とかかっこいい車椅子とかを開発している日本人がいます。また、パラリンピストで健常者の記録を抜いている幅跳びの選手がいたり。機能拡張ですよね。運送会社の人がパワースーツを着れば腰を傷めないしかっこいいし。これも機能拡張。ポジティブに効果的に多様性が受け入れられていく。そういう分岐点になるのがパラリンピックじゃないかなって思います。渋谷区ではウィルチェアーラグビーとパラ卓球とバドミントンが種目になっていますが、スクランブル交差点で実演して「YOUTUBE」で配信すれば世界に発信できるなと考えたり。渋谷を好きになる人もいるだろうし、ファッションも絡められますし。

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桑原 桑原:ファッションの街、渋谷ですからね。手を上げているブランドはあるんですか?

長谷部 正式には決まっていませんが、あります。

桑原 パリコレの選曲を二十年ほどお手伝いさせていただいていたコム・デ・ギャルソンの川久保さんは、常に意識革命を起こすデザイナーだと思います。私の記憶ですが、まるで「こぶ 」が背中や腰に付いたようなフォルムのコレクションが世界に衝撃を与えたことがありました。それまでの既存の八頭身の美しさという価値観に川久保さんは新たな美で挑戦したのだと思います。つまりファッションには意識革命を起こす力があります。パリコレが健常者なら、渋コレは障害者向けコレクションで世界へ発信する。ハセベさんのいう、パラリンピックのタイミングに併せて、渋谷から世界へ、これも「I have a dream」ですよね。

長谷部 やっぱ、メディアとしての力がこの街にはありますね。

桑原 音楽には人を動かす力があると信じている世代としては(笑)音楽を選曲すること「そこはかとない・反戦選曲」で、戦争に加担しない自由な生活をこれからも守る。そういうメッセージを発信しています。こんなメッセージを渋谷の街から発信していただけないかなと思うんです。平和を歌う。音楽を発信する。そんな渋谷区では、ダイレクトすぎますか(笑)。

長谷部 できると思いますよ。渋谷のラジオでやればいいと思います。ぼくも反戦です。非核であり、原発大反対です。ただゴールへの道はレトリックが大事で、それこそ「そこはかとなさ」が大事だと思います。

桑原 ボブ・ディランの曲が行政の施設で、さりげなく流れてる。街に平和へのメッセージが静かに息づいているような……。

長谷部 いいですね。ぼくは、自分が保守改革なのか中道左派なのか、よく分からない。人が思うのは勝手に思ってもらえればいいや、と思います。僕自身のなかにも多様な価値観がある。震災のときに自衛隊が瓦礫の山を片付ける姿は立派だと思うと同時に、彼らの存在はやはり軍だなと思った。しかし戦争はしないでほしいとも思う。

桑原 だからこそ有権者はもっと憲法問題に真剣に向かう必要があります。では最後に『そこはかとない反戦選曲』を選んで頂けますか。

長谷部 ボブ・ディランの『times they are achangin』とか、『blowing in the wind』とか。Peter Paul&Mary のバージョンもいいですね。マイケル・ジャクソンも好きだしなあ。80年代は、50、60、70s が新鮮に聞こえ、三つの世代がミックスされていた時代でした。中学くらいから洋楽を聞き始めました。小林克也さんの『ベストヒットUSA』で!

桑原 おっ。笑

長谷部 そんときは、マイケル、マドンナ、シンディ・ローパーとかね。なかでも『We are theworld』が好きでした。

桑原 好きなアーティストに入れ込むことは?

長谷部 シンディ・ローパーはよく聞いていましたね。『Time after time』とか。ビートルズも青版赤版聞いて。でも、これっていう熱狂したアーティストはいなかったですね。PPM はアルバム全部持っていましたけど。コンサートに行ってみたら「マリー、おばさんになってた!」と思ったり。

桑原 コンサートにも行くほど好きだったんですね。ご両親の影響ですか?

長谷部 いや、友だち、メディアの影響ですかね。初めてお年玉でレコード買ったのはゴダイゴの『ビューティフル・ネーム』でしたね。あれはおふくろが後押ししたのかな?ぼくね、「青空保育」出身なんですよ。ちょっとヒッピーな大人というか、喧嘩しても止めないし、親が当番制で子どもを見るんです。自由にやんちゃに過ごしました。もしかしたら70 年代の「love&peace」が近くにあったのかもしれない。

桑原 確かに青空保育はひとつの理想系かもしれませんね。手の空いてる親が子供たちを教える。見守る。もっと広げてください。特に会社員のお父さんたちは仕事、仕事、そんな時間がもてません(笑)。

pic2長谷部 選曲、いざとなると、なかなか決められないなあ(笑)。そうそう、ギャートルズのエンディングテーマもいいかなと思ったりね。う~ん、やっぱり、洋楽を聞き始めたきっかけでもあるし、『weare the world』にします。

桑原 「そこはかとない反戦選曲」、了解しました。今日は嬉しいインタビューでした。「ホコ天」再開のニュースを皮切りに、パラリンピックの成功こそが世界都市渋谷の目標というポジティブな発想、「実はいろんなところに芽があるよ」という長谷部さんの日常へのシャープな視点、これが「政治」なんだなと改めて夢と希望を感じました。本当にありがとうございました。


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