後藤正文 vs 花房浩一

インタビュー構成・写真 桑原茂→
ページデザイン 池上祐樹

後藤 ぼくたちが先人たちから絶対、受け継いでいるはずですよね、言葉に置き換えられていない言語で。音楽性うんぬんではなくて、ぼくらが音を鳴らすときも、それが含まれていてほしいと思う。きっと、ジョン・レノンの精神は丸ごと言葉になっていないけど、蓄積されていて、曲作るときに込められていると思う。合奏するときだって、みんなでこの場を「良くしよう」と思っている。殺意なんてないです(笑)。「平和」って言っちゃうと漠然とした言葉になっちゃうけど、根源的には、そういうフィーリングにタッチしているんだと思うんですよ、そもそも音楽って。とてもピースフルなものだから。みんな楽器やればいいのに。もうちょっと歳取ったら、近所の子どもにギターを教えようかと思ってるんです。江戸時代もリベラルアーツみたいな感じであったんですよね、寺子屋で三味線を教えてたり。

花房 音楽が生活のなかにあったんですよね。技術が発達していくなかで、生活から剥離されちゃったんだよ、そういう音楽が。カリブ海に行ったとき、みんながシンガーだなと思ったんです。生活のなかに歌があって踊りがあった。そういうのを、ぼくら現代の日本人は、奪われていますね。風営法の問題のときも思ったんです。踊りになんで許可が必要なの? って。踊りたいときに踊って、歌いたいときに歌う、それが当たり前でしょう。クラブとディスコの違いをまったく理解していない。プライベートの空間で何しようと勝手なのに、管理しようとしている。

後藤 だからね、みんな踊ったほうがいいと思う。勝手に。町に出て。盆踊りもあったほうがいい。ロックフェスは現代の盆踊りです。地方でもバンバン自分たちのフェスを作っていけばいいと思います。

花房 こうしなきゃだめ、ああしなきゃだめって制限してくるのに対して、「それは違うでしょ。イヤだよ」ってちゃんと言うのが大事ですね。それが政治的な動きというものなんです。文化は政治をぶっ超えて強い。それは歴史を見れば分かります。「音楽で世界を変えるなんて馬鹿じゃね」みたいなこと言う人がよくいるけど、現実的に、音楽で世界は変わっています。俺の友だちで大使をやっているのがいるんです。ゲリラ闘争をして独立した国なんです。これ、本当の話ね。ばんばん撃ちあいをやっているところに、なんかの音楽が鳴ったんだって。撃ち合いが止まったらしい。実を言うと、音楽にはそういう力はあるんですね。音楽に力がないなんてことは、絶対に言わせない。オースティンのフェス、SXSWでリッキー・リー・ジョーンズがクアトロみたいな小さな小屋でやってたんです。お客さんが奥の方でずっとしゃべっててうるさい。大騒ぎしてんの。そしたら、リッキー・リー・ジョーンズ、演奏やめたからね。あんたがぺちゃくちゃ喋ってわたしの音楽を聴かなくても、平気、構わない。関係ない。でも聴いている人の邪魔すんのだけはやめてくれる? って。ジョニ・ミッチェルもワイト島のフェスでやってるよね、(オーディエンスがあまりにうるさいから)少なくとも私をリスペクトしてくれる? って言って。そして結局、有無も言わさず引き込んでいく。これはアーティストのパワーだと思うんだよね。そういうのを体験すると唖然とするんです。

後藤 一方で、海外のアーティストは日本のリスナーはシャイだけどすごく聞いてくれてうれしいって言いますよ。(笑)

花房 そうそう、そうなんよね。(笑)

後藤 面白いですけどね。

花房 ずっとライブを取材していると、そういう瞬間に出会うときがあるんだよね。ロンドンでベン・ハーパーを観たとき。ジャズマターズ(Jazzmatazz)の前座だったんです。演奏し始めた時はざわざわしてたんだけど、ベンがマイクスタンドの前に来て、三千人以上の小屋でですよ、手を上げて(地声で)歌い始めたんです。すごかったですよ。ざわざわってしているのがシーンとなった。生歌で、ビシビシくるわけですよ。もうスタンディングオベーション。全部かっさらってく。あいつはそれも計算しているんでしょうけどね。エンターテイナーだから。

後藤 かっこいいですね。社会に自分の発言がいったん放り出されると、反響は絶対にある。だから、やがて自分も変わらざるをえなくなったりする。引っ込めなきゃいけない瞬間や考え方を変えなきゃいけない瞬間も来るかもしれない。でも、それでいいと思うんです。謝ればいいじゃんって。ぼくの仲間たちには恐れないでほしいと思っています。あと、本くらいは読めよって思います。本も読まない人が多いのはちょっと怖いことで。ネットとか、まとめブログばかり読んでいてもしょうがないです。大したことが書かれていないから。それに対して、本などの紙媒体は、一回刷ったら引き返せない分、内容が強い。

花房 記録が残っちゃうからね。

後藤 Twitterが出てきて誰もが発言できるようになったのは、それはそれですごく良いことなんです。今までは権威的な発言しかなかったですからね。でも、ぼくら表現者は、ウェブ媒体であれ、それを紙にプリントアウトできますか、と一回立ち止まって内容を練る強さが必要だと思うんです。一回そういうところに立ち返りながらそれでも伝えたい言葉なのかと考えなきゃいけない。だから、なかなかスピーチに行けずにいるんです。いい温度感の言葉が見つからない。だからこそ、坂本さんはすごいと思うんです。

花房 あれはすごいと思う。この間のスピーチもよくまああんな短い言葉で、的を射て。

後藤 最高にかっこよかったですって、メールしちゃいましたよ。ほんと、涙が出るくらいかっこよかった。自分が60になったときにああいう大人になりたいっていうビジョンがぼくははっきりあります。

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花房 うらやましいなあ。もうすぐ60になっちゃう私としては。(笑)

後藤 あとは、SEALDsが場所を用意してくれたことでいろんな学者たちが来たでしょ、あの人たち、多分言いたいことがずっとあったんですよね。発言できる場所があるっていうのは、すごく嬉しいことだと思うんです。ミュージシャンなんかはどこだっていいんです。街頭に立ったっていい、ギターさえあったら。普段ペンを持って考えている学者たちがああいう場で声を上げるのは、ものすごく意味があると思いました。とてもいい流れだなと、あの一角だけ見たら思うんです。ただ、一方で、冷めている子たちもたくさんいます。どうやったら、そういう子たちにちらっとでも、こっちを見てもらえるかな、と思うんです。曲を作るときに、どういうフックを用意するか。ぼく自身、好きなバンドの好きな曲には、いつも「君はどうなんだい?」って問われている気がするんです。

花房 昔のディランはそうだったよね。「おまえはどうなんだ?」って。

後藤 昔のディランはそうだったよね。「おまえはどうなんだ?」って。

花房 たとえば、公民権運動の行進の時、歌がどんだけ彼らを助けたことか。歌が怖い気持ちをなくして力強くしてくれたんです。あと、ゴスペルも人の気持ちを励ました。たぶん日本にもそんな人生を支える歌なり何なりがあったと思う。

後藤 でも、ひらがなって、政治的な言葉としては元来不向きなのかもしれません。漢字は政治的だし、英語もロジカルだけど。特殊な言語だと思うんです、日本語って。

花房 日本語の歌と英語の歌の基本的な違いのひとつは、日本語は文語の歴史と口語の歴史があって、詩となるとどうしても文語の発想になっちゃう。それがうまく乗ってくれないのかなって思ったことはあります。シュプレヒコールみたいなのもイヤだし。大嫌いなんですよ。だって、「戦争反対!」って言ったって、それは安倍だって言ってることじゃん。もうちょっと考えようよって、思っちゃうね。言葉探しって本当に難しいってことなんだよね。

後藤 一曲、官邸前で歌える日本語の曲があればなあ。野心もって狙って作るのもなんだと思うけど……。

花房 いやいや。作れる人が作ってほしいと思いますよ。後藤くんは、具体的に政治を変えるために、何をすべきだと思っています?

後藤 一人ひとりが変わっていくしかないと思っている――そこにしか、気持ちがいっていないんです。どうやって種をまいていくか。ひいては土がないから、土づくりからかもしれないけど。とにかく、時間がかかると思ってるんです、ここ一年や二年では絶対無理。子どもの世代にバトンを渡してそれで成し遂げられるくらいに思っていて、それでないと何も変わらないと思っています。10年、20年の単位のこと。俺たちがじいさんになったときに事態が良くなっていて、それで一切俺たちが褒められない。それくらいでいいんですよ。直近の問題としては安保法制、これはなんとか阻止できないかとやっていくべきなんだけど、もう一方では、オリンピックの終わったあと、10年後、20年後、などの視点も、ちゃんと持っていないといけないと思っている。声をあげなきゃいけないタイミングで声をあげようという気持ちもありますけど、ここ何年かで思っていることは、2020年のオリンピックが終わったとき、どんな大人になっていて、どんなことを言うことができるのか、ということは準備しておかなきゃいけないと思うんです。だって、巨大なお祭りのあと、すごいエレジーみたいなさびれた空気が来るかもしれないと思うんですよ。長いスパンで考えたいんです。

花房 安保法制は止められない可能性の方が高いと思うんだけど、その法律を、できるかぎり早く潰してしまう法律を作っていかないと、東京オリンピックの年に私たちが普通に存在できるかどうか。それさえ俺は疑っている。だから、具体的にぼくは何かをしなきゃいけないと思っているんです。後藤君が言っているのも正しい。焦っちゃいかん、絶対に。でも現実的に今の政治を見たら、ほんとに怖い。組織論など、具体的に考えていかないと。それを考えたとき、ぼくの頭に浮かんだのが、レッドウェッジだったんです。あの、80年代の。

後藤 両方ですよね。今やんなきゃいけないことと、長い目で考えてやること、両方持っていたら強いんだろうなと思うんです。のんびりしてられないし、今黙ってると思うつぼなんですけれど、やっぱり、子どもたちというのは、希望だと思うんです。読むべき本、見るべき映画を伝えていくのが、絶対効いてくると思う。いいレコードを買い集めようと思ってるんです。近所のガキに聞かせたいって思って。ボブ・ディランとかジョン・レノンのこと好きになったら、こっちのチームに決定だから。笑

花房 いいね、それ。笑

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後藤正文(ごとうまさふみ)
1976年生まれ。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのボーカル&ギターであり、ほとんどの曲の作詞・作曲を手掛ける。キューンミュージック(ソニー)より8枚目となる最新アルバム「wonder Future」(2015年5月27日)を発表。2010年にはレーベル「only in dreams」を発足し、webサイトも同時に開設。また、新しい時代やこれからの社会など私たちの未来を考える新聞「THE FUTURE TIMES」を編集長として発行するなど、音楽はもちろんブログやtwitterでの社会とコミットした言動でも注目され、後藤のtwitterフォロワー数は現在280,000人を超える。ソロ作品としては2014年4月19日RECORD STORE DAYを皮切りに初のアルバム「Can’t Be Forever Young」を発表。その後10公演の全国ツアーを決行し、FUJIROCKFESTIVALにも出演。2014年11月にはソロ・ツアーのライブ盤「Live in Tokyo」を発表

花房浩一(はなふさこういち)
音楽ジャーナリスト&写真家。著作に『ロンドン・ラジカル・ウォーク』、訳書に『音楽は世界を変える一反逆する音楽人の記録』など。ウェブ・マガジン「Smashing Mag」を運営し、FUJIROCKFESTIVALの公式にサポートされたファン・サイト、
fujirockers.orgを主宰。


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