みんなの反戦選曲ではなく、「そこはかとない」であることの侘び寂びがわかる人と対談します。

インタビュー構成・写真 桑原茂→
ページデザイン 小野英作

常盤 だから、選曲に関しても、やっぱりちゃんと自分たちの振り幅をつけられる枠を、茂一さんがくれている感じがして、やっぱりどうしても、振り幅を狭くしたほうが強く見えるから、強くさせたがる人が多いけれど、そうなったときにどうしてもひねくれてしまう。

田中 いいんですよ、選曲は自由だから。すごいメッセージ性が強かろうが弱かろうが、共感してくれる人がいるのが前提なので。なんか選曲ですら、どんどんラジカルになっていったりもするわけでしょう。もっともっと、優しく、知らず知らずのうちにというほうが、僕は強いと思うんだよね。やっぱり、いろいろな活動に対して、すごく真面目なことをするのに対して、ちょっと「てへぺろ」というか、そういう感じの部分が必ずあるというとおかしいけれど。

常盤 若い人ってまっすぐだし、真面目な人ってどんどんゆとりがなくなって、自分の思想にがんじがらめになることが多いんですね。そこに大人が、ユーモアを貸してあげるといい。なんでかというと、昔の安保のときも、生真面目になりすぎるがゆえに、自分たちが思想を排除したり、意見の合わない人を粛清してしまったりとか、痛ましいこともいっぱいあったんだけど、そこにユーモアがあれば回避されたことだった。すごく似ているけど、明らかに違う思想だとか、違う思想だけど、ここは共感できるとか。それがゆとりでありユーモアであるというか。

田中 たとえばアメリカの60年代のサマー・オブ・ラヴとかさ、そういういわゆるウッドストックとかの運動を見ていて、もちろんベースに反戦があるかもしれないけれど、完全に享楽的だよね。

常盤 享楽的。

田中 僕らの中で、反戦とフリーセックスとか、ドラッグとか、そういう享楽的なものと反戦運動が結びついている。真面目じゃない。

常盤 そうそう、反戦、イコール、ノーブラだから。

田中 ハリのない、ちょっと垂れた、アメリカ人のおっぱいとかってイメージですよね(笑)。

常盤 裸の胸に、LOVEとピースマークね。僕らはそれがイコールだったからね。

田中 ああいうのと今のはもちろん全然違うのだろうけど。

常盤 だから、ある意味、SNSによる拡散の良い所、悪い所で、リアリティがありすぎるから、昔はなんとなく見たイメージで思っているから、勘違いもいっぱいあるんだよ。

田中 あの山奥まで歩いていったら、すごいライブをやっているから行ってみないかというイメージだよね、ウッドストックは。それでゾロゾロとなんかドラッグをポケットに入れて歩いて、何が起こるかわからずにコンサート会場に行ったわけでしょう。すごいよね、そういう意味じゃ。今はフジロックのラインナップすぐわかっちゃうもんね。

常盤 わかっちゃうし、エリアも全部わかっちゃう。何のTシャツを売っているかもわかる。

田中 そういうすべての情報が入ってしまうことの残念さだよね。

常盤 だからその振り幅を、許さないから極端になってしまいがちだよね。

田中 もしかしたら、反戦活動とかデモとかに、実はものすごい楽しい秘密があるんじゃないかとか、そういうことなんじゃないかと思ったりもするんだよね。

常盤 だから、そういうのがあるから、たとえば左がかっているとか、右翼であるとか、イコールがけっこうわかりやすく結びついてしまっている。だけど、右翼だけど話せる人もいるだろうし、そういうこともだんだん許せないというか、「どっちですか、あなたは」と、すごくはっきりしやすいよね。みんなにそれを問うてしまうというか。そうなんだよ、確かに僕らの反戦という感じとノーブラとかああいうものとの結びつきって、若い人にはまた全然違うだろうし、ウッドストックって、金曜スペシャルとかそういう感じの。

田中 そうだねー。なんかそういうのがあるね。

常盤 いまだと、デモの人たちとフリーセックスとかが、まったく違うものだったりする。だから、そのとき(子どものとき)楽しそうだなというのは、僕は大学生を見て、本当に思っていたんですよね。

田中 デモ終わってからも楽しそう、とかね。

常盤 僕らは、そのとき幼児でそう思っていたんだから、そのとき高校生だった人たちは、超楽しそうだったらしいんだよね。立花ハジメさんが高校生の時、先輩から「ハジメ、あのパン屋からアンパンをとってこい」とか言われて、えーって言ってたら、「あのパンは今はあの店の資本の向こうにあるが……」なんて左翼ぶった話をするけど、ただアンパンがほしいだけなんだよ。ファッション左翼ばっかりだったよって。そんな話が山ほどあって、どれだけ、左翼でひと講釈ぶてた人が、たくさんセックスができた、という話は、ハジメさんは「みんなそうなんだよー」というけど、みんながそうじゃないと思うけど、ハジメさんにはそう映ったんだよね。ハジメさんらしいなと思うんだよね。「カッコ悪いじゃん」って。

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田中 だから結局は、カッコイイかどうか。

常盤 でもハジメさんはそのときは、「でも俺はさ、毛皮とか着たかったんだよね〜」って言っていて。やっぱりそこはハジメさんだなと思うし。でも僕らは、そういう人たちが作ってきたものを面白がって、そこは教授とか糸井さんみたいにバリバリやっていた人の話も面白がって、それがあったから、ああいうひねくれたこともできたのかもしれないし。

田中 そうだよね。だから、そこで挫折したことの反作用で、クリエイティブになっちゃったというふうに、勝手に俺らは深読みしているじゃん。

常盤 あとは雑誌編集者とかでも本当に、バリバリの左翼活動家みたいだった人は、たいてい今は右翼になっているから。わからなくなりますよ、右左というのは。

田中 それって、昔不良で悪かったという人ほど、今はいい人みたいなのがあるじゃない。そういうのを思ったりして。

常盤 変な話、学校の先生の言うことって、あんまり聞きたくなかったわけじゃないですか。道徳の授業とかね。そういう言い方で言っちゃっても、つまんないと思っちゃうよね。だから、若くて活動している人たちはクローズアップされているけれど、ほとんどの若い子はネトウヨ的な意見があるというのも、そういうふうに(学校の先生のように)やっていたら、そうなっちゃうと思うのよ、当然のように。

田中 俺らたぶんマセガキだったから、いろいろなこともわかっていたし、たとえばすごく左寄りな社会の先生とかが中学高校にはいて、いわゆる教科書を無視した授業をするわけですよ。俺らは「こんなことをやったら、この人は後で怒られるんじゃないの」という、すごく冷めた目で、左翼的な授業をする教師を見ていたという。そういうことをなんとなく思い出したりとか。

常盤 まあ、今の左と右、左翼的なものと戦争反対と反核というものが、なんだかふわっとしてしまっていて、昔は、左翼だと共産主義がどうだ、共産主義の一番大きな国はソ連ですよね、ソ連は戦争する気マンマンだったからさ。そういうのあるじゃないですか。僕らのときにはBCLってあったじゃないですか。やっぱり共産国のってすごく親切に、いろいろな本をね、送ってくれるんだけど、小学校3,4年のときに俺はむっちゃ左翼で。そのとき、おやじの仕事に影響があったんじゃないかと今思うと心配になるぐらいなんだけど、ソ連と、北朝鮮と、ベトナムと、中国から毎週のように手紙が送られてきたんだ。

田中 すごいね、それ。

常盤 ソ連大使館に、小学校3年生のときに呼ばれて行ったことがあるもん。狸穴の。

田中 まじで! へ〜。

常盤 半ズボン履いて行ったら、入り口の警官に「何だね」と言われて、「呼ばれたんですけど」って言ったんだけど。ラジオですよ。最初は普通に深夜番組を聴いていて、そのうち海外放送を聴くようになって、それは日本語のプロパガンダ放送が多いから、すっかりかぶれてしまって。

田中 さっき常盤くんも、青春時代をのほほんとノンポリで送ってきたとか言ってごめんなさい(笑)。

常盤 いやいや、それは興味ですよね、だから。


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