The Interview Kenichiro Mogi & 「茂木健一郎  レオス・カラックス」

100 号から始まった、茂木健一郎の対談シリーズを、バックナンバーから一部引用して掲載しています。
TALK dictionary 茂木健一郎対談シリーズ18
構成:吉村栄一 写真:小林紀晴 翻訳:國武文
※2011 年8 月10 日発行の123 号からの抜粋です。本文は今号に掲載するにあたって再度編集を加えています。
1983 年、23 歳にしての鮮烈なデビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』で一躍フランス、そして世界の映画界に名を轟かせたレオス・カラックス監督。その後も『汚れた血』『ポンヌフの恋人』など傑作を発表。
しかし、99 年の『ポーラX』を最後に長い沈黙を続けていたカラックスの、ひさしぶりの復帰作は、なんと、海外の3 人の監督が東京を舞台に映画を撮り下ろしたオムニバス映画『TOKYO!』の一篇である「メルド」。「メルド」とはフランス語で“糞” の意味。カラックスの分身ともいえる俳優、ドゥニ・ラヴァンがゴジラを彷彿とさせる怪人となって東京を恐怖のどん底にたたき込む、このカラックス監督の問題作について、茂木健一郎が現代の恐怖について、そして映画表現の可能性について訊いた。

すべての芸術は「恐怖」からパワーを得る

茂木 ぼくはあなたの映画を観るたびに、とても詩的だなって思うんです。昨今の映画は単調なものも多いんだけど、どうしてあなたの作るキャラクターやシーンはあれほど詩的になるのでしょう?

レオス 私は、とくに意識して映画を詩的にしているつもりはないんです。ただ、第一作の『ボーイ・ミーツ・ガール』だけは詩的にしようと意識しました。でも、いま思うとそれは失敗で詩的にしようなんていう意識は観る人への押し付けだと感じるんです。だから、いま『ボーイ・ミーツ・ガール』を見返すことはありません。

茂木 『汚れた血』はどうですか?

レオス あの作品は、意識していないまでも、たしかに詩的な要素がわかりやすく反映されている作品だと思います。

茂木 そうですよね。ぼくはあの映画が大好きで、アンドレイ・タルコフスキー監督の遺作『サクリファイス』(※)と共通するものを感じるんです。『サクリファイス』は核戦争の恐怖が大きなテーマになっています。ぼくは、あなたの映画にも恐怖に関するテーマがいつも見え隠れしていて、それについて伺ってみたかったんですよ。
『サクリファイス』(※)『惑星ソラリス』(72)、『ストーカー』(79)、『ノスタルジア』(83) などで知られる旧ソ連の亡命映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの遺作となった1986年の作品。スウェーデンを舞台に核戦争下のある一家の日常と幻想を独特の映像美で描いている。

レオス ああ。映画のみならず、ほぼすべての芸術は「恐怖」から大きなパワーを得ていると思いますよ。人間とは本来、弱くて怯えた存在なんでしょう。我々は恐怖を始めとする負のエッセンスから目を背けることができないんです。

茂木 その通りだと思います。『サクリファイス』で描かれた米ソ冷戦時代の核戦争の恐怖が薄まったいま、我々にとって巨大な、あるいは身近な恐怖はなんだと思います?

レオス 恐怖の裏側には常に「敵」が存在すると思うんです。現在の「敵」は一般的には「テロリズム」とされていて、それは核戦争よりももっと身近で我々のすぐ近くに存在しているとされている。

茂木 たしかに。

レオス しかし、同時にいまは「敵はテロである」という構図がしっかりと世界の、とくに私やあなたのいるこちら側の世界でのシステムに組み込まれた概念になっていて、戦争を行うための口実に使われたりする。テロとそれに対する報復の戦争は、次のテロと戦争を産む父と母のような存在になっていて、これはとてもよいシステムだとは思えないんです。政治も、宗教も、これに対しては無カで、そのこと自体が巨大で身近な恐怖と言ってもいいと思います。

茂木 人類の未来に対して楽観的な気持ちにはなれない?

レオス 近年はとても。身近な映画の世界でも、最近のヨーロッパやアメリカの映画産業のあり方を見ていると、とても刹那的で、本来は映画ってもっと普遍的な価値を創造するためにお金をかけるべきものだったのに…。

茂木 この「メルド」においても、そういう社会への悲観や反発が反映されているように思えます。

レオス きっと無意識に反映されているんでしょう。でも、この「メルド」の制作に関しては楽しかったんですよ。ストーリーも脚本も自動書記のようにすらすら進んだし、海外ロケで短期間の撮影期間という制限も逆に勢いになった。東京で初めて会った製作チームと仕事するというのもいい経験になったと思います。

茂木 この「メルド」はあなたの9 年ぶりの監督作品となったわけですが、逆にこういう勢いのつく企画じゃなければ、まだまだ沈黙の期間が長くなっていた?

レオス 映画作りって、いつも戦いなんですよ。映画産業と映画製作者はいつもコストと戦い、それぞれの理念と戦い、自身の信念と戦わざるを得ない。それはハリウッドでもフランスでも、日本の映画界でも同じでしょう。作品にお金をかけるならば、それに見合った収益を得なければならないし、そのためには監督はなにをすればいいのか、誰の意見を尊重して、自分はどこまで主張すればいいのか。人の意見ばかり聞いて作品を作って成功したとしても、それは果たして自分がやりたかったことなのか。常に妥協を強いられる。私にとっていい映画を作るためには、いいプロデューサーといいキャスト、いい製作チームが必要で、残念ながら最近はそれに恵まれていない。

茂木 とくにキャスティングに関しては、あなたの映画には妥協がありませんよね。

レオス それはとても重要なことだと思います。と、同時に、では、あなたの新作はいつ観られるのだろうという悲観的な気持ちにもなりますが(笑)。

茂木 でも、本来それは当たり前だと思うんです。脚本で若い女の役があるから、若い女優を探して当てはめるなんて、私には意味がない。むしろ先にこの人を撮りたいという強い欲望があって、じゃあこの人にはこの役をというキャスティングになるんです。なぜこの人なんだというのは、とてもミステリアスで自分でも理屈で説明できることじゃないんですが、それはきっと恋と同じなんです。その人を好きにならなければ撮ることなんてできない。

レオス もちろん、いまいろんなプロジェクトが動いてはいるけど、やはり最大の問題は適したキャスティングが見つからないということなんです。それで停滞している。でも、それらが本格的に始動する前に「メルド」を撮ることができたというのは、ある意味ラッキーでした。次の長編作品もいくつかのトラブルを抱えていますが、きっとうまく行って、みなさんに観てもらえる日が近いと信じています。


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レオス・カラックス

1960 年、フランス出身、パリ在住。本名は、Alexandre Oscar Dupont。16 歳の時に学校を退学し、17 歳で初の短編映画を撮り映画監督としてのスタートをきる。18 歳で「カイエ・デュ・シネマ」誌に映画評論を書きはじめ、80 年に短編第2 作となる「Strangulation blues」を完成させ、エール映画祭でグランプリを獲得する。そして、83 年に発表した長編デビュー作『ボーイ・ミーツ・ガール』で“ジャン=リュック・ゴダールの再来”と評され、一大センセーションを巻き起こし、カンヌ国際映画祭批評家週間で上映されヤング大賞に輝き、国内外へとその名を轟かせる。86 年には、長編2 作目となる『汚れた血』を手掛け“ネオ・ヌーヴェルヴァーグの騎手”等と呼ばれ、熱狂的な支持を集める。91 年には、『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』に続く“アレックス3 部作”の最終章として『ボンヌフの恋人』を発表。膨大な製作日数、製作費も話題になったが、その才能への評価は更に高まることとなった。99 年には、新境地に挑んだ『ポーラX』を発表。多くの新作を望まれる中にあっても、寡作で知られており、本作は『ポーラX』以来、実に9 年ぶりの新作となる。

対談を終えて ~茂木健一郎
カラックス監督は自分の感覚を大切にしていて、言葉に誠実。この人を撮りたいという強い欲望がないと、映画なんて撮れないという言葉にも感動した。また、彼の言葉の端々や感性にフランス文化の力を感じた。いまでも学生や労働者たちがひんぱんにデモを起こしているフランスの風景を見ると、なぜ日本は、東京はこうなのだろうという疑問を持った。「メルド」を見ての一番の感想はそれで、身が縮む思いがする。彼が、東京について言っていた「従順で管理されている」という言葉はまさにその通りだと思う。「東京は治安がいい」という外国人の評を、日本人はみな褒め言葉と受け取っているが、それは一方では住人が従順であるにすぎないという面もある。それを直感的に感じられるからこそ、カラックスはこんないい映画を撮れるのだと思う。

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