THIS IS LOVE SONG issue 茂木健一郎×ユーミン×下條ユリ【前編】

インタビュー構成:桑原茂→ 写真:信藤三雄 ページデザイン:池上祐樹

ペンは剣よりも強し。知的であることはどんな武器よりも人を魅了することを私は茂木健一郎さんから教わった、その茂木さんとディクショナリー対談で初めて出会い意気投合したユーミンもまた音楽の魔法で私達を愛の世界へ導いてくれる。 そのユーミンと同じ女学校の後輩でもあるニューヨーカーの画家、下條ユリは、あの911 の現場を目撃し新たな愛に開眼し、そして311 以降さらなる強靭で無償の愛で希望を描きつづけ、私たちを愛のオーラで包み込んでくれる。この鼎談を繋ぐものは大きな大きな無償の愛なのである。 THIS IS LOVE SONG issue

桑原 大げさに言うと東京オリンピック以降に青春時代を迎えた女子たちの、幸せのフィロソフィーを歌で支えてきた、愛の伝道師が、ユーミンというアーティストの私のイメージです。

ユーミン だいぶ苔むしたかもしれないけどね。(笑)

桑原 荒井由実の時代の印象は女流詩人でした。まずビビットな詩がある。歌いにくそうな言葉も、詩として完成度が高いので譲れないだろうなと。やがて作詞がどんどん音楽的になって言葉がイメージを伴い広がっていき、何気なく見える言葉に強い力が生まれている。

ユーミン 『ダイアモンドダストが消えぬまに』というアルバムのときに、詩として一つの完成を見たんです。アルバム自体は常に未完成でなければいけないんだけど、このとき、メソッドとしての詩の到達があった。どういうのかと言うと、頭の中でいくつものカメラを回して、映画を撮るようにするというものなんです。よく覚えているんですが、最後の曲を作ったときは号泣しました。最初は意図的ではなかったんです。だけど、段々自分でも意識するようになって、脳内女優みたいになって、一篇の長編映画でそれぞれの場面にヒロインがいてそれぞれの動きをするのね。足元を映してみたり、急にパンしてみたり風景のなかに置いたり俯瞰で見たりしていって、五・六台のカメラを使って詩を作る。そんなふうに意識していったんです。多分、誰もやっていなかったことだと思います。また、日本語でないとできないことだったんですね。

下條 方法論が完成して泣いたその瞬間って?

ユーミン 最後の詩を書き上げたのは、『思い出に間にあいたくて』って曲なんです。曲もアレンジもできて、仮歌入れて、新宿のスタジオで歌入れをずっとやっていたんだけど、その一曲を残すのみになって。夜中の二時頃に、新宿三丁目のテイクワンってスタジオから新宿駅の方まで歩いて行ったんです。夜の散歩。で、西口の橋のうえからすごい数のレールがあるじゃない、あれを見て。もう電車は終わってるんだけどね。で、ああ、こういう歌にしたいなって思ったの。終電に乗り遅れる歌なの。途中まで急いだんだけどね。終電が終わったあとの地下道の様子とか、そういうのをそのときに見たわけじゃないけど、織り込んだんです。

下條 松任谷由実は終電に間に合おうと走ったことは実際にはないでしょ?

ユーミン でも学生時代とかにフィジカルにその行為を体験してはいるよね。断片としてそういうのね。あのときにこういうことをした、とか、あのときにこういうことを思った、とか、全部ひとつの出来事として体験している必要はないんだ。ホーキング博士がもう宇宙旅行をしちゃってるようにね。

下條 日本語でないと、ということを強く感じるのは『春よ、来い』ですね。最後にフェードアウトしますよね、あのバックコーラスを聞いていて思うんです。この曲はユーミンが作った曲なのに、記憶のかなたにある子供たちが遊んでいる声みたいなんです。

ユーミン 実際『春よ来い』って童謡があるじゃない、あれそのもので曲を終わらせたかったんです。でも遺族が生きていらして、詩は大丈夫だけど、旋律は使えないということになりました。

下條 私は長い間外国で暮らしていたんですが、たまに日本が恋しくなって、ユーミンの声を聴いて号泣するんです。日本人以外には多分この情感はわからないと思うんですね。詩とか旋律に、感覚を超えた、ある種、特別な霊感のようなものがあります。日本の土着的なものです。ユーミンの音と詩は現代の女性の生活とかを描いているけど、日本に脈々と流れている日本的な何かもまた、ありますね。

桑原 茂木さんがユーミンを好きになった曲は、やっぱりラブソング?

茂木 泣きながら~ちぎった写真を~♪

ユーミン それが茂木さんいくつのとき?(笑)

茂木 小学校五年生!

下條 へー!

茂木 感情って、エモーションとフィーリングの二つがあるんですね。エモーションは喜怒哀楽。ベーシックエモーション。一方で、フィーリングはものすごくたくさんある。細かくね。ユーミンの歌には、恋愛のフィーリングがすごく細かく表現されている。さっきメロディから入るっておっしゃったじゃないですか。メロディでコード進行がついて、フィーリングが捉えられている。そのフィーリングって、例えばぼくが小学校五年生のときにすごく好きだった『海を見ていた午後』とかも、あの楽曲にしかないフィーリングっていうものがあるんですよね。「失恋して彼のことを思い出してる」って言っちゃったら簡単だけど、そんな簡単なものじゃない『海を見ていた午後』にしかないフィーリングがある。そしてそこにユーミンが憑依しちゃってるんです。その憑依のクオリティがピュアであればあるほど、ひとつの宝石を見つけたようなもので、心に残る。ユーミンの曲って、極端な話、一回聞きゃいいんですよ。いやもちろん繰り返し聞きますよ。でもね、だって、俺、九州のおじさんがユーミン好きで、小学校五年生のときカーステレオで聞いて……一発ですよね。あれ~っ!!みたいな。

下條 小学生の茂木少年はその歌詞のあの感じは……。

茂木 当然歌詞の内容は分かってなかったですよ。でもフィーリングは分かったんですよ。フィーリングがぶわっと。それがいいラブソングだよね。ユーミンの楽曲は一発で残ったんですよ。小学校五年生の俺にとっては、それまで聞いていた歌謡曲って、天地真理とか麻丘めぐみとかね。そういうラブソングを聞いていたわけなんです。歌謡曲とか演歌とか紅白歌合戦的なのとは違うものが、ニューミュージック。テレビでは流れていなかったんです。ユーミンと井上陽水をほぼ同時期に知ったんですが。ラブソングの文法が更新されていくというか、感性が更新されていったんですよね。楽曲を聞くことで自分の人との付き合い方の感性も作られちゃうんだよね。逆転現象が起きちゃう。

ユーミン そういうのは男の子のほうが敏感ってありません? 夏の終わりに無性に切なくなったり、オオカミが遠吠えするような、そういうのは男の子のほうがあるのかもしれない。

茂木 そういうのを憑依して表現できちゃうんだよね、ユーミンは。歌って、その人の個性を超えないと普遍にならない。私小説的なラブソングはそこを超えられない気がするんですが。

ユーミン ただね、私小説はあるところから反転して、一般性を帯びるんですよ。 茂木さんと最初にお会いしたのはディクショナリーでしたよね。

桑原 あのときユーミンから、マッチョな人ほどロマンティックが好きだって話が出ました。

ユーミン 私はね、精神的にアンドロギュノスだと思うんです。女の子も喜ばせてあげたいしね。

茂木 精神的には、ということですよね。自分が経験してないシチュエーションも歌ってるってことでしょ。そこがすごいね

下條 ユーミンは初恋の頃の感覚は持ってる?

 


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