THIS IS LOVE SONG issue 茂木健一郎×ユーミン×下條ユリ【中編】

ユーミン 集中して、作っているゾーンにいる状態。そこで掴んだものを言語化したいけど、そのときの現実の自分がどうかは別ですよ。

茂木 潜っているんですよね。井戸のなかに。

ユーミン 潜るまでが苦しいんですよね。

下條 曲から作るんでしたっけ。そのときに登場人物はできてるの?

ユーミン カオス状態だけどね。

下條 音が先ってことは、すごく感覚的なわけだね。

ユーミン そう、そこに情報があるよね。旋律に情報がある。

下條 アブストラクトなものを作ってるみたいだね。

ユーミン そう、抽象と具象の間くらいのことをやっているのかも。具象のほうが人に説明しやすくて分かりやすいけど、行きついてほしいところがあって、それは言葉にも何にもならないものだよね。

下條 大好きな曲のひとつですけど、『翳りゆく部屋』。あの詩のなかにね、「輝きはもどらない わたしが今死んでも」という詩があるでしょ。直接的じゃないけど、この女の子はどうしようもない状況で死ぬほど好きだったんだなって分かる。『私は死のうと思っている』って書くよりも伝わるよね。ユーミンの詩って、そのものを言わないで、匂いとかそのときの感覚で伝えて分からせるね。それがまたすごい。

ユーミン その方が粋だよね。俳諧の世界だよ。「古池や……」って言っただけでイメージが広がるっていう。

茂木 憑依だね。ユーミンは憑依してライフスタイルや感情を歌っていくんだ。ユーミンはNHKの番組で、「高校のときにパイプオルガンの音を聞いて感動して両目から涙ががーっと出たんです」って言っていましたね。まあ、そこまではままあることですよ。でも、その後ユーミンはこう言ったんです、これには多分スタッフ全員で驚いたんだけど――「それから私の声がパイプオルガンのようになっちゃったんだけど」って。真顔で言われて、俺、困っちゃってさ。「科学的にはどうなんでしょう?」と言われて、気のせいですとも言えなくて。ご本人は本気だからね。この憑依というか、感覚、すごすぎると思いました。芸術は科学を超えるんです。

ユーミン パイプオルガンはね、八種類くらいの音がいっぺんに出るんです。オーボエみたいな音とか、金属っぽいのとか、一つの音じゃないんです。そして、聴く人の可聴領域が聴こえるんですね。ものまねをする人でも、網羅できないんじゃないかな。

下條 音、ということで言うと、「ああ」とか「おお」とかの母音で六歳くらいまで育った人って、風の音とか水の音とかを言語として聴くっていうのを、昔聞いたことがあります。

茂木 いわゆるオノマトペですよね。「きらきら」とか「ぎらぎら」とかね。「ざわざわ」とか。日本語はオノマトペが豊かですよね。

下條 外国人に説明するとき、「どきどき」とか「わくわく」とか、特に感情の言葉を説明するのは大変ですね。そういうの、誰が作ったんだろう。

ユーミン ヤマト言葉なんじゃないかな。

下條 ユーミンは発音がすごくはっきりしている。日本語をきれいに歌うし話す。

ユーミン 日本語はワンノートにワンサウンド。ワンミーニングじゃないからね、英語だったらbreak、日本語だったら「こ・わ・れ・る」って言わなきゃいけないわけじゃん。フランス語も英語も一音節で言えるわけだよね。だから外人から聞くと日本のポップスって音数がすごく多いと言われるんですよ。

桑原 事務所の前に声楽の教室があって、朝から晩まで、“あああああって”小さい女の子たちが練習しているんですよ。そういう訓練について、友人のコシ・ミハルさんに聞くと、自分らしく歌うという意味では、あまり意味がないんじゃないかっておっしゃるんです。たぶんそれは、お受験レッスンでしょうって。本質を求めるなら、ずぼっと直接欲しいものへ向かっていく捉え方の方が私もしっくりくる。

茂木 山下洋輔さんなんかそうですよね。バイエルとか弾かされたとき逃げたって。音大に入ったときに他の人は譜面通りに弾くんだけど、自分のなかから出る音楽を弾いた。譜面通りに弾いている人に山下さんがいたずらして、弾いてる最中に譜面を一部隠したんだって。そしたら、隠されたところだけ飛ばして、譜面のあるところを続けて弾いていったって。そんなの音楽じゃないじゃんって。

ユーミン どのくらい再現できるかっていうジャンルですからね。クラシックは。

茂木 ポップスがクラシックと違って面白いと思うのは、その人の地声が残ってるっていう点。それに対して、クラシックは理想化された声を出そうとするからその人の地声はね。ポピュラー音楽ってすごい発明な気がします。録音が発達したからこそ生まれたジャンルって感じがします。

桑原 茂木さんは、ラブソングと言われたらばっと出るものがあるんですか?

茂木 さっきすごく大事なことをおっしゃっていたんですよ。『翳りゆく部屋』のことをおっしゃっていたじゃないですか。「輝きはもどらない わたしが今死んでも」という歌詞。ストレートに言わずに別の表現にしているっていうことですね。すぐれたラブソングはそういうところがあると思うんです。俺、あれが好きなんです。『I’ll never fall in love again』。あれ、歌詞を表面だけなぞると、恋をしてもなんかいいことあるの、みたいな内容。文字面では恋をしないというかたちだけど、恋への憧れが表現されている。ストレートに言わずに別の表現にしているっていうことですね。

桑原 ハル・デイヴィッドとバート・バカラック共作ですね。カーペンターズがヒットさせた。

茂木 ラブってみんな知ってることなんだけど、その表現って難しいんだね。

下條 いろんなラブがある。失恋、無償の愛、うきうきでしょうがないとか、くやしい! とかね。それぞれのシチュエーションがあって、老夫婦の愛も、ドキドキ初恋も。したたかな女もいれば、さっぱり良いヤツもいる。

ユーミン わたしはシンガーソングライターで表に出ちゃってて結構キャラを通して限定しちゃう人もいるんだけど、実は歌だけで見たらいろんなキャラがあるんだよ。

クラプトンの『tears in heaven』、あれを聞いたときに、なんの背景も知らずにカーラジオから流れてきたのを聞いて、悲しくって悲しくって、ぽろぽろ涙が出たの。詞の内容も全部聞き取れるわけじゃなくって、でも、そういうものではないとてつもない感じ。子供を失う内容なんだよね。わたしは子供がいないからわからないけど、とてつもないんだろうね。

下條 母性っていう愛があるじゃないですか。私もユーミンも子供がいないけれど、創作活動自体が産むってことだよね。ユーミンのなかで、母性的な愛情についての作品を作った時ってあるのかな?

ユーミン 『守ってあげたい』は、母性的な、無償の愛的なものだと思うよ。むしろ実際に子供がいないからその発露っていうものが創作物に託しちゃうから、やばいんですよ。

茂木 守ってあげたい♪ cause I love you……♪ いい歌だ~!!

ユーミン ありがとう。


フリーダム・ディクショナリー
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