A to Z / 正しい人 リリー・フランキー

大きな声で言えないこととはつまり、正しいことなのであり、いい話なのである。時々、正しいことを大きな声で高々と、晴々と叫んでいる人物を目にすることがあるが、それはもう皆さん御存知の通り、そいつは一片の曇りもなく「正しくない」人物なのである。正しくない人物、もしくは、正しくない行いをしようとしている人物ほど、正しいことを大声で言いたがるものだ。
もちろん、それは彼ら自身が正しくないことを自覚しているからであるが、そこで大声を出すことにはいくつかの意味がある 。大声を出して繰り返すうち、人は闇雲に興奮するようにできている。
私は昔、夏の屋外で缶ビールを売るアルバイトをしていたことがあるのだが、そこで兄さん筋の方から大声を強要された。嫌だった。しかし 、大声を嫌々でも出しているうちに私は自らが高揚してきていることに気づいたのである。何だかわからないが無根拠に公明正大な気分になっているのである。発している言葉は「缶ビール」であるにもかかわらず、気分が良くなってくる。大声を出すことの恐ろしさはまずそこだ。正しくない者が正しいことを大声で繰り返す。それをすることによって、正しくないと知っている筈の本人が、まるで正しい気持ちで正しいことを言っているような錯覚に陥るのである。
人を騙すなんてとんでもない。私は心から正しいことをしているのだと思い込んでしまうのである。もはや、こうなるとその人物が正しくない人とは断言できなくなってくるから厄介だ。すでに、彼らは「正しさ」を錯覚することによって手にしている。目つきがおかしい。泣き出しそうだ。ユーモアがない。友だちになりたくない要素は満載だがもう手が付けられない。そうして、世の中の正しいことはすべてがゆがんで溶け始める。何が正しいかなんてことはもう考えることはよしたよとニヒルを気取る奴も出てくる。
しかし、正しいことを見つめたい人々が少なくなったわけではない。そういった人は今、小声で話している、耳元でささやいている。時には、誰も居ないカラオケボックスで絶叫している。正しき者が正しきことを大声で言える世の中ではないということを大声で言いたい。

dic_105_h1 掲載号 #105
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