interview Vivienne Westwood

インタビュー/桑原茂一、通訳/ケネデイ・ティラー、翻訳、構成/前田正志、写真/ ITARU HIRAMA(平間至)

ヴィヴィアンは語った。―― あるときは執拗に、あるときはぶっきらぼうに、あるときは懇切丁寧に―― パンクがロック史で果たした皮肉な役廻りについて、古代ギリシアの素晴らしさと現代文明の退廃について、アルバート・ミュージアムの職員解雇について・・・・・・そんな話題が渦巻いた。
その中心に位置するテーマはただ一つ―― 知性とは?
またB ボーイに眉をひそめるながらも、若いコ達へ向けて、実に率直なメッセージを語った。テレビを見るな、雑誌を読むな、ただ読書に専念せよ、と。そんなヴィヴィアンの人生最大の目標は―― そして、それは心ある人たちなら必ず共有できるはずの目標であるはずの―― その目標は「決してバカにならないこと」。

日本にファンが多い理由がわからないのは、日本人が必ずカメラを持っているのかが、わからないのと同じ

前に日本に来たときたくさんの人だかりを指さして「あれが全部、あなたのファンですよ」って言われたんだけど、イギリスの人が、この私がこんな風にファンに取り巻かれているのを見たら、きっとたじろぐわね。だって、これじゃ、まるでロックスターみたいで、ファッション・デザイナーに対する反応じゃないんだもの。日本の印象?そんなこと言われたって、この前来たときなんか日本を見る機会なんか全然なかったのよ。空港から駅へ行って、講演して、本当にそればっかり。たった一つ、行けたところがモリ・ハナエビルの近くのおもちゃ屋さん(註:多分、キディ・ランドのこと)だけ(笑)。だから本当に何も見てないの。けれども、今の私の日本に対する印象は、前のときとほとんど同じ。それは、車や電車についてのもので、つまり、日本だと死ぬまでずっと車やバスと一緒に生活しなきゃならないっていう感じのもの。

まぁ、私もこうして、ファッション・デザイナーとしてのキャリアも知らず知らずのうちに重ねてきたし、それなりに名声も得てきましたよ。だから、突然「はい、やめた」っていうわけにはいかないわ。だいたい、こういうものは、多かれ少なかれ、組織的に自ら動いていくものだしね。でも、ファッションっていうのは、私が一番やりたいことでは、決してないの。だって私は本当は、学者になりたかった、ずっと前から。ところかまわずなにがなんでもっていう風にファッションのことばっかりやってきたんじゃない。たまたま、こういう風になっただけ。

なんで、こんなに日本のファンが多いのかって?そんなこと私に分かるわけないじゃない。まぁ、大変な数のファンがいるのは確かです、多分イギリスよりも。でも日本人ってなんで、こんなにワァーってなっちゃうのかわからない。日本人がいつも必ずカメラを持っているのかわからないのと同じように、わからない(笑)。

パンクは、ロックのバカバ力しさを逆設的に設明した

環境問題についてですって?なんで、そんなこと突然きくの?そんなもの、答えたくないんだけど……。でも、じゃあまぁ、いくつかの点について説明しましょうか。私がものごころつく前は――でも、これは、今になって分析してみたことだし、その時本当にそうだったかどうかはわからない。でも、私は自分自身をいつも分析しているから――私は型通りの、ごくありふれた人間でした、ある時までは。けれども、私は、どんなにこの世界が、間違って仕組まれているかっていうことに気付くという、ある深手を経験したわけ。

だから、私は伝統に反抗したし、それが、マルコム・マクラレンとのいろんな試みやパンク・ロックを生み出すことだった。今はマルコムともケンカして離れ離れだけど、そのときでさえ、彼みたいな姿勢を、きっぱりとやめようということばかり考えていました。そのときから、私がずっとかたく信じてきたことといえば……う一ん、うまく言いにくくて……う一ん、ごめんなさい、つまり、うまく言えないけど、もしある人が何かの被害者になっているような気持ちとか、制度をブチ壊してやりたいとか、そんなことを考えてるなら、その人はいつまでたっても本当に被害者のままだっていうこと。たとえば、「舗石の下には浜辺がある」(註:67年、パリ五月革命でのスローガン)っていう左翼のスローガンがあるでしょう。それは、つまり、舗石をひっぺがして、警官に投げ付けろっていう意味なんです。そうすれば何か自由とかそういうことが得られるような感じのするスローガンですけど、でも、そんなのは、単なるマチガイ。それに、このことを強調しておくわ。パンク・ロックっていうのは、ロックンロールがこれまでやってきた他のどんなことよりも大変重要な意味があるんです、実験としてはね。

パンク・ロックは、ロックンロールという器を使って、一体どんなことが出来るかを試すことができました。マルコムがよく言っていたのは、「白人文明を脅威にさらすジャングル・ビート」。とにかく目茶苦茶に攻撃しまくったら、白人文明を変えることができるかという実験。それが、あんなにひどく女王陛下をやりこめた理由です。まぁ、今じゃ、馬鹿気て聞こえるかもしれないけども。とにかく、そういう実験をロックの歴史で、最も徹底的にやったのがパンクロック。私は、そう思う。普通、若さっていうのは、それだけで何か、すごく素敵な言いたいことを持っているっていう風に考えられている。あるいは、若さは、それだけで何かいいことのように考えられている。いわゆる、ロックンロールっていうのは、まぁ、大体そういうものでしょう。だって、古いヤツラなんか何もわかっちゃいねぇ!とかって言うじゃない。そんな風に考えるなら、それは、人は生まれたときからにして何でもわかっているっていうルソーみたいな考えにたどりつくと思う。つまり、なぜかっていうと、より若い方が、けがれがないっていうことだから。そして、人は歳をとるにつれてけがれていくっていうことになってしまう。若けりゃ、若いほど、賢明である――ロックンロールっていうのは、そういうものです。バカバカしいかもしれないけど、パンク・ロックはロックン・ロールがそういうアホらしいものであるっていうことを証明しました。だから、もう誰も二度と、あんなことに手間をわずらわせるべきじゃないでしょう。だから、パンクが普通に考えられている風な意味で重要なことなんてのは何もない。政治的なこととかね。だって、何の意味もないんだから。重要なのは単にスタイルについてだけ。原始的な情熱、エネルギーが、制度を破壊する権利を持ち、目一杯そうすれば、何らかの形で、制度を揺がすことができるはずである――なんてのは本当は、ちっともそんなことない。単純もいいところ。時間のムダです。でも、こういうことは、何の代償も払わずに、わかることはできないけどね。

なぜ、今、古代ギリシアをテーマにするのか

私が気付いたのは制度をひっくり返すことのできる唯一のものが知性であるっていうこと。つまり、それは、社会がメディアや資本主義を通じて、うるさくこっちへよこしてくることに関係があるの。そういうものは、だいたい本来、手段であることを目的だという風に取り違えてしまうように言いたてます。エネルギーや経済力、そういうものは全部、何かの最終目標であるように普通思われているけど、本当は、そんなもの何かの手段に過ぎません。エネルギーがあるからって、一体どうしろっていうの?頭の中がカラッポじゃエネルギーがいくらあったって何もできやしないじゃないの。若いコたちは、ただはしゃいでいるだけで、それじゃ社会の思うツボ。だから、制度をひっくり返すことのできる唯一のものは知性だけっていうことなの。今は、“絶えざる消去と、五分ごとの快楽”の時代。それゆえ、若いコたちには何の知性も教養もありません。

私はここ五シーズンで、大英帝国は異教的になるべきであるというテーマでコレクションをやってきたの。私たちは、異教、たとえば古代ギリシアにもっと着目すべきだというのが理由のひとつ。古代ギリシア人っていうのは、本当に知性があったし、教養ある懐疑的な態度を身につけていたし、決して、受け売りの意味なんて欲しがりませんでした。だって今の人たちの意見って、ほとんど、どっかで聞いたことのあるような、受け売りの意見なんだもの。けれども、古代ギリシア人は、自分にとって、本当に真理だと思えるものに基づいて意見を考えるべきだと、少なくとも、そう信じてました。確かに、古代ギリシアは、アナーキー状態と暴君政治の間を、揺れ動いたけれども、そこにはきっと何かきらめくものがあったはず。現代社会は安定を手に入れました。だけど、そのかわり、本当の知性っていうものは全く失われてしまったと思う。

これは、さっき言った“絶えざる消去と五分ごとの快楽”っていうことに関係がある。民主主義なんてウソもいいとこ。お金が何でも動かしているでしょう。メディアはその一部。倫理全体をお金が動かしているし、それは絶えず私たちに忍び寄ってくる。だから、メディアがやってることは人々の知性を矮小にすることだし、そんな気味の悪いものと一緒にうまくやっていくことなんか出来ません。そんな、抜け目なくてくだらないところへ、環境問題のビジネスも割り込んできているわけ。

だから、私はもう本当に環境問題についてはペシミステイックなの。それが、できうるかぎりの私の答え。私たちがいるのは、文明のもう最低の地点。なぜかっていうと、文明の証しは、アートです。私は、本来手段であるはずのものがいつも、目的として、やり過ごされていることについて、ずっと話してるんだけど、いい例が、お金のこと。それが公明正大な唯一の目的になってしまっている。確かに人をほどよく心地よくさせることは芸術の第一の目的だけど、けれども、その後、人々に芸術的な欲求や知性を育くむべきでもあるでしょう。現代の知性は、プラジルのジャングルと同じくらいの速さで失われつつあると思う。

例えば最近のアルバート・ミュージアムでは7人の専門職がクビになりました。そこのロビーヘ行けば、花束がありますけど、そんなものだけでも、少なくともそのうちの二人分の賃金は賄えるはずなのに。フットボールの試合よりも、アートギャラリーの方へたくさん人が来ていると言われるけど、実際そこへ行ってみれば観光客みたいな人ばかり。これが、つまり、さっきの“五分ごとの快楽”のビジネス。何の教養もなくて、知的財産は、全部埋もれてしまっている。図書館員のような人たちでさえも、あまり訓練されていないから、そんなことに少しも気付いていない。だから、何も本を焼き捨てることなんかない。そんなことしたら、誰も読めなくなるんだから。私は自分が知的選民になってしまうのが本当にいやだ。でも、ほとんどの人たちは精神的に怠惰だし、そうじゃない人はほんのごくわずかだっていう風につくづく思う。

オルダス・ハックスリーは「進歩は、人類が世界を消耗する割合に等しい」って言ったけど、私たちは、酔っ払った水夫みたいに、もう一歩も前へは進めない。もし、踏み出すことのできる唯一のステップがあるとしたら、それは、知性とは、自分の意志をしっかり考えて、それを持つっていうことに他ならないことを、とことん考えることでしょうね。意志っていうのは人間の発明品なんだから。私たちは普通、「自由進歩」のことを理解し、信じるべきであるって思われているけど、そんなのは、ひどい紋切り型。空虚きわまりない。だから、私のたった一つの目標は、バカにならないよう心掛けること。私は、とにかく、あの受け売りの主義主張、メッキ仕立ての人間をくすぐらずにはおれない、あの主張、そう信じることが何かトレンデイだと思わせる、あの主義主張には、本当にウンザリ。まず、自分自身で考えて欲しい。

Bボーイほどムカムカするものを見たことがない

私たちは、高度な文明に日々暮してるんじゃなくって文明のどん底で暮しているわけ。ローマ時代の方がずっと教養があったと思う。古典的な知性や思想がやっぱり最も強いんだから。いつの時代も、古典時代に魅きつけられていくでしょう。なぜなら、古典時代が文明の最盛期だったから。健全な知性を使う能力っていうのは私たちの鵜飲みにしてる文化を疑うっていうこと。とにかく、こういうことが全部私のファッションに関係があるし、私の言いたいことも関連しているの。今世紀には、あらゆる知性が集結されているなんて信じず、みんながそういう偏狭なものの見方をしなければいいと思う。

vivi3なんで、こんなことをくどくと言うかといえば、私は、近ごろ、あのBボーイ・ルックほどムカム力するものを見たことがないから。あんなもの、超テーノー!!首をちょん切られたニワトリと同じ。知性のかけらもなくて、身振りまで同じ。ハクチとしか思えません。(本紙No.7の表紙“DON’T WORRY, BE HAPPY”に目をやりつつ)これはちょうど人生が、こうあるべきではないっていうことのピッタリの要約。こんなのハクチになりましょうっていう呼び掛けじゃないの。とにかく知性を獲得するっていうのは、本当に無茶苦茶難しいことなのよ。ものすごい努力が要るし、私は教養っていうものは究極的には伝達不可能だと思うしね。自分自身でがんばる他ありません。だから、テレビなんて、何の教養も伝えません。教養をつけるにはただ一つ、読書しかありません。本の中にある知性を読み取ること、それだけ。まぁ、とにかく目だけは確かにしとかなくちゃ。消費するんじゃなくで選ぴ取ること。それがセンスであり、知性っていうこと。だから“DON’T WORRY, BE HAPPY”なんて言わずに正反対のことを言った方がいいんじゃないの?「頭を使え、悩むことから始めろ!」ってね。「でも、バカは考えたら、もっとバカになるかも」(笑)。
とりあえず、若いコたちは手始めとして、雑誌を読まないこと、テレビを見ないこと、ここから始めて欲しい。読んでよかったって思える本に出会えるのは本当に幸運なことなんだから。いいアドバイスができなくて悪いけど。今世紀もあと少しだけど、私たちは、目の前にあるものを信じることをやめて、過去に目を向けなければならない。知性の源は、そこにしかないんだから。先ず、アート・ギャラリーに行って、本をたくさん読んで、自分たちがどれだけ、今のメディアに悪影響を及ぼされているかっていうことを知ること。楽しいからって自分たちがどれほど考えることをサボってたか知ること。私だって、そうだった。でも、少なくとも私は、最近、そのことに気が付いた。それともう一つ。アメリカ文化が諸悪の根源だっていうこと。

とにかくアメリカに目を向けちゃダメ。ファッションや風俗やいろいろハデで、面白そうに見えるかもしれないけど、ダメ。これは、例えば、あの胸のムカムカするBボーイみたいなもののことを言ってるのよ。

back掲載号 #013 /1990 年発行
このコンテンツは1990 年に発行された第13号からの再掲載です。
文字校正その他はあえて修正を入れず当時のまま掲載しています。


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