インタビュー リリー・フランキー
Interviewer MOICHI KUWAHARA / Phortography MIRI MATSUFUJI
本当の悩みは葉書に書いてこない だから、会わないとわからない
桑原 ちょっと話が別のとこにいっちゃうんだけど、ライジングサンの時に『ブラックホールテント』(真っ暗なテントの中、リリーとピエール瀧がお客さんからの相談に答える企画)ってのをやったよね。
リリー あれ、面白かったですね。そうだ、あの時、瀧とやってたのがそのまま配役が今回の映画『凶悪』にスライドして。
桑原 あの時の二人は、強烈だったよね(笑)。
リリー あの時は凶悪でしたね、確かに(笑)
桑原 パイパンで悩んでるって女の子のお客さんを舞台にあげてさ。さんざんふたりでイジってた挙げ句、外にいって自分はパイパンだってさけんでこい!って無茶いってさ。
リリー いきなり女がメガホンもって「私はパイパンだなんだ」ってアジリだすってね。外の人は脈絡がわからないから、お前ら、何の話しをしてるんだって(笑)。
桑原 だけどあの時に、本当にくだらないことをやってるんだけど、よく考えたらこれほど革命的な場所もないかもなって思って。その一番恥ずかしくて、隠しておかなきゃいけないことをあそこで全員一緒に、自己啓発セミナーみたいなのを全員でやってしまうっていう。リリーはほんとうにとんでもないことをここでやってるんじゃないかなって。ただのスケベな話しには思えなくて。この人たちは全員解放されたと思ってるんだよね。自分の中で隠されたいやなものというか。
リリー 昔、『スナックリリー』(新宿ロフトプラスワンで深夜に開催されてた参加型のトークイベント)を何十回もやって、その後『人生相談』をもう8年くらい『週刊プレイボーイ』でやってるですけど、そのプレイボーイの人生相談って、創刊時から45年くらい続いてるんですよ。
桑原 昔、今東光(作家。住職としても活動)もやってたね。
リリー あとは赤塚不二夫さんとか開高健さんとか。先輩たちは毎号、葉書を読んで答えてたんだけど、俺は全員の相談者と会ってるんです。なんでかっていうと、俺、本当の悩みは葉書にすら書いてこないと思ってて。で、会うと意外に書いてあることはどうでもよくてもっと深い悩みがあるんですよ。しかもそれは大体チンポにかすってる。勃たない、いかない、もてないとかね(笑)。仕事で文句言ってる人も、じつは違う悩みがある。だから会わないとわからないんですよ。その北海道のイベントでも目の前にいるから、いろんな話題がでてきて、だからそこにいる人も共感するんですよね。
桑原 秘めてるものを公開の場で曝け出すことで解放される。夏フェスって、そもそも解放的なもんだと思うけど、でもやっぱり隠しておきたいことがあんなふうにボーンと出てきてしまって、みんな笑うっていうのはね…。だってそのパイパンで剃った毛がチリチリ出ているって話をしてる子は小屋から出た後、「パイパンの女のコ」になっちゃうわけじゃない。会場にいる間中は。それ、すごいことでしょ。でもそれをニコニコ笑ってコミュニケーション出来る環境にしてしまったのって、俺、とんでもないことだと思ったんだよね。
リリー 俺のイベントって、フランスのワインのたとえじゃないけど、澱は底にたまるって意識があって。何万人規模でも何人規模でも同じで、似たような人は同じようなとこに集まるっていう原理原則のもと。
桑原 あははは。なるほど。リリーの足跡ってのがどんどんどん、エロ話とかくだらない話とかが、どんどん肥やしになったりして、逆に崇高な方向に向かってるような…ね、例えば『凶悪』を見た人は、リリーが好きでも、もしかしたら本当はこういう恐ろしい奴じゃないかって、怖くなってしばらくは女達は近寄らないかもね。それくらい怖いもん。でも、『そして父になる』はこんなに優しい人って世の中にいるのかって。女達がリリーに群がって来るよね。その辺のイメージの振り子の幅がすごいんだよね。
リリー 実物はダメ人間ですけど、俺がよさそうに見えるんですよ。是枝さんの演出では。
桑原 いやー、カッコいいよ、高倉健みたいになってるもん(笑)。
俺は役者じゃないから、 どう映ろうかは考えない
桑原 この間、青山真治さんと話してたら『凶悪』も含めて、リリーの育った出身地が、芝居に大きく影響してるのでは?って。育った場所って『凶悪』の雰囲気みたいなところなの?
リリー 映画の舞台のほうがもっと田舎だと思いますけどね。僕の生まれた北九州市って治安はよくないですね。青山さんがデビューの頃から描いてるような、町の乾いてる…血のかさぶたみたいな雰囲気も北九州の人ならではだと思います。しかも俺、そういう町で生まれて、炭鉱町でも育ってるから。同じ北九州市出身だと、松尾スズキさんが俺の一個上で、青山さんが俺の一個下で、この3人がほぼ同じ年。共通してるのは博多の人たちみたいに人格がポップじゃない。ロンドンというよりマンチェスターという感じ(笑)。
桑原 あははは。
リリー ロックバンドでも鮎川誠さん(シーナ&ザ・ロケッツのギタリスト。福岡市出身)みたいに周囲をウワーッと明るくするんじゃなく、大江慎也さん(ルースターズの元ボーカル。北九州市出身)みたいな内省的な人が多い。
桑原 ただ映画とか観てると、お芝居してないように見えるよね。リリーはとにかく。
リリー まったくできないですからね(笑)。
桑原 そこがすごい。それでも役者の雰囲気が醸し出されるといことは、やっぱり小さいときからどっかに…。
リリー 僕、最初にお芝居をやったのが石井輝男さんっていう、映画監督の作品で。俺、石井さんの映画大好きで、『日本のみなさんさようなら』(リリーによる映画コラム集。1999年刊)でも、一番書いてるんですけど、映画も『網走番外地』とか『直撃!地獄拳』とか、『恐怖奇形人間』とか、とにかくカルトな作品が多くて。タランティーノが一番好きな日本人監督でもあるんですけど、その人に声をかけてもらったら、お芝居を一回もやったことなかったのに主役だったんですよ。石井さんの最後の映画になっちゃったんですけど。
桑原 へー。
リリー それ、「盲獣VS一寸法師」(2001年公開)っていう、盲獣って江戸川乱歩の殺人鬼と一寸法師って小人の殺人鬼を混ぜたすごいタイトルの作品で。で、芝居なんて、やりかた全然わからなかったのに、終わった後に石井さんが「もう一回、一緒に映画やろう。リリーさんはお芝居がうまい」って言ってくれたんです。「どうしてですか」って聴いたら、「きみはセリフがうまく言えなくても、僕がOKっていったら、涼しい顔で楽屋に帰っていったよね。それでいいんだ」って。「監督ってのはね、撮影しながらね、このシーンいらないなとか、ここは編集でとっちゃうかとか思ってるものなんだ。君は僕を信じてくれてるんだな。だからもう一度やろう」って。
桑原 そんなことがあったんだ。
リリー それから橋口さんの映画(橋口亮輔監督の『ぐるりのこと』。2008年公開)まで7年くらいあるんですけど、橋口さんと石井さんから作品に対してどれだけ献身するかを教えてもらった。俺、役者じゃないから、俺がどう映ろうかなんて全く考えてないんですよ。どういう風に立ち回れるかとか、最初の試写を見る時から役者さんは自分のをチェックするっていうんですけど、俺は気にならない。普通に泣いたりしてますから。出ることはアマチュアですけど、観ることはプロだと思ってるんで。最初から普通に映画として客観的にみるんです。
桑原 リリーは日本映画をたくさん観てるから、素人とはいえ自分の認識として役者がこうあるべきだってのが出てしまうんじゃないかね。音楽もそうでしょ。
リリー 日本映画をたくさんみてるから、自分が出てることに関して最初は驚きがあるんだけど、意識空間がさほど変わってない。音楽をすごく聴いてるDJとか評論家でも意識の上ではミュージシャンみたいな。
桑原 うん、そうそう。
リリー 『凶悪』の時もただ、監督の言う通りにしたんですけど、すごくわかりやすかったですね。そもそも監督が犯人役を俺とピエールに頼んでる時点で、俺と瀧がいつもふざけてる感じやればいいんだなって。あの映画で、監督が素晴らしと思ったのは、俺と瀧があんなに殺しても、重い感じがするのはむしろ主人公のジャーナリスト、山田(孝之)くんの家庭の話なんですよ。お母さんがボケてるって話とか、自分自身、現実逃避してるとか。
桑原 そうだよね。
リリー どっちかっていうと凶悪なのはあの家庭で、殺しのシーンのほうがむしろポップじゃないですか。あそこで蛇足になりがちなところをきっちり書いてるから。主人公が告発するのは、正義でも悪でもない、自分の現実逃避のためで、結局あの人も人殺しなわけじゃないですか。つまり俺らがヘラヘラと殺人をするから、山田くんの雰囲気がむしろ重くなっていくんですよね。あの家庭がすごく辛くなっていく。俺、だって山田くんが嫁に「楽しかっただけなんでしょ」とか問いつめられるシーンとか観てて、殺人現場にいるほうが気が楽だなと思いますもん。あの家庭にいるほうが心がつまるなって。