MADSAKIに聞くアートとは?

インタビュー構成・写真 桑原茂→  ページデザイン 小野英作
all art work images © MADSAKI, in courtesy of CLEAR EDITION & GALLERY

桑原 Madsaki って、その名前は、いつから使ってるの?

Madsaki いつからだろうな、えー、あ、向こうにいる時だね。ニューヨークから、Barnstormersと出会ってからだね。

桑原 誰、それ?

Madsaki 絵描き集団で、デイヴィッド・エリス(David Ellis)がメインで、周りにいろんなアーティストがいて、いっぱいいるんだけど、俺もそのこで絵描いてるから、来なよって言ってくれて。Barnstormersと9.11の後に出会った。

桑原 9.11の後に?

Madsaki うん、それでマイク・ミン(Mike Ming)ってやつから「マサキ、お前絵描きだっただろ?」って言われて、「あー」、って。その時、美大を卒業してから全然絵を描いてなかったから、メッセンジャーもやってたし、そしたらマイクが、今ブルックリンのDumbo っていう地区──そこはマンハッタンブリッジの下なんだけど──そこでBarnstormers っていうクルーがいるんだけど、そこで絵描いてるから、来なよって言ってくれて。でも「えー、俺、絵かけないわ」って言って。

桑原 その時、なんで声かかったの?

Madsaki いや、わかんない。突然かかってきただよね、マイク・ミンとは、昔東京でマイク・ミンが若木信吾くんと一緒に展覧会やった時、出会ったの。あれは99年なのかな、それよりもっと前かな。それで「いいから来いよ」って言われて。その時は9.11の次の日で、あれが多分水曜日だったと思うんだ、9.11が火曜日だったから。その前の金曜日に赤信号無視した車に轢かれて、チャリンコもなくて仕事もなかったから、じゃあまあいいや暇だから行こうかなって、「じゃあ行くよ」って。渋々、あんま乗り気じゃなかったけど。まあ行ったのよ、Barnstormersがいるところに。それで入って行って。もう、本当にショック受けたね俺は。「なんだこれ!?」、って。俺は、美大4年間行ってたじゃん。

桑原 しかも彫刻やってたんだって?

Madsaki うん、後半は彫刻やってた。そう、で、美大で美術のこと、アート界のことを叩き込まれているし、その「美術、美術、アート・アート」したことを学んできたから。あいつらそれと、真逆のことをやってんの。うん、ハウスペイントで絵描いてるわ、床に絵描いてるわ、写真撮って記録したりだとか。もう、ありえないことしてたわけ。俺の中で本当にショックだったよ。そこでうわー!ってなって。丁度、メッセンジャーになったのも元々自分が何したいかわかんないから、とりあえずやりたかったことがメッセンジャーだったから、やってたんだけど

桑原 メッセンジャーをやりたかった理由はなんだったの?

Madsaki ただ自転車が好きだったから。子供の時メッセンジャーが乗ってた、今日本でいうfix、ピスト?を乗ってたのを、子供の時マンハッタンで見てて知ってたから。あれがかっこいいなと思って、ずっと憧れてたんだよね、で、夢は実現しないといけないと思って、メッセンジャーになった。だから、卒業してから色んなことをやって、最後にメッセンジャーになってもう死んでもいいやみたいな感じでやってたから、アートのことなんて全然考えてなかったよ。でも、 Barnstormersと会って、火がついたんだよね。「これ、俺がしたかったことだ」って。目が覚めた。バシーンって、ほんとビンタ食らった感じ。で、リーダーのDavid Ellisが、「おうマサキ、床に絵かけよ」って、Time Lapse ってほら数秒にカシャカシャって一眼レフが上から写真撮って記録してたんだけど、それでいきなりローラー渡されてさ。「描いて」って。「俺なんも描けないんだけど」、「いや描ける描ける、描け」って。「自分と闘え」って言われて。マジすかーみたいな。で、描いたんだけど、全然絵描いてなかったし、あんなでかい床にさ、ローラーで絵を描くなんてこともしたこともないし、そんなの見たこともないじゃん。自分が描いている絵がなんだこれって、恥ずかしくて。でも、その恥ずかしい自分からも火がついたんだよね。俺もうやっぱりゼロから全部やり直さないと、みたいな。美大で習ったことも全部忘れて、こんな凄い人たちと会ったから、これを全部吸収して、勉強しようって。それからデイヴと友達になって、いつの間にかもうBarnstormersに入ってた。

桑原 Barnstormes っていうグループ名? どういう意味なの?

Madsaki 意味はわかんない。あ、ある。そう、最初はデイヴと、他に日本にいるKAMIとSASU っていう、今ヒトツキ(Hitotzuki)っていう絵描いてる2人がいるんだけど、そのデイヴとKAMIが、デイヴの生まれ故郷のノースキャロライナの、タバコの畑があって、そこに納屋があんの、タバコを乾かす納屋。納屋って英語でBarn っていうじゃん。その納屋に、2人で絵を描いたことから来てるらしいんだ、“Barnstormes” って。バーンをアタックするって意味なのかな。俺はBarnstormersの中ではほんとに下手くそで、Waterboyみたいな感じだったよ。でもただ、そこにいるのが本当に面白くて。

桑原 何人くらいのメンバーなの?

Madsaki 何人いるんだろうね。別に絵がうまいからといっても、入れてくれないんだ。本当に気があったりしないと。だってこんな絵描けない、下手くそな俺でも入れてくれたわけだから。本当に絵がうまいやつが来ても入れなかったりしてた。やっぱりその、波長が合うっていうかさ、そういうのが大事だったんだと思う。

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桑原 そこで、「俺も行けんじゃね」っていう感じは、どういうきっかけで?

Madsaki いや、行けんじゃねって気持ちは、なかったね。というか、例えばね、あのグループの場合、メンバーが10人くらいいます、それでせーので何のスケッチもなしで一緒に壁に絵を描く。で、描くじゃん。描いてて、途中で「便所行ってくる」って、それで便所から戻ってきたら自分が描いた絵が消されてるの。あれーみたいな。(笑)もう暗黙の了解で消されるわけ。「お前、この絵全然良くないじゃん」って、「この絵が全体を崩してるから、消したよ」って。言ってくれないよ、そんなことは。でも消されたっていうことは、そういうことなのよ。それはどっかでみんなやられるの。消されない人もいるけど、消されたとしても、そこでなんで俺の絵消すんだよ、っていう風にはならなくて、あ、消された、じゃあ頑張ろうみたいになる。だから、本当に俺にとってはもう勉強だったんだよね、全てが。

桑原 そのシステム、かっこいいね。

Madsaki すごいかっこいいよ。そこで喧嘩にならないしさ。それは少し落ち込むよ、消されちゃったーって。でも自分がまだそこに達してないから消されたわけだから、じゃあもっと頑張ろうってなる。

桑原 彼らをリスペクトした理由は?

Madsaki いや、もう会ったらわかるんだよね。デイヴがすごいカリスマ的な人でさ。直感でわかるじゃん、だからすぐ仲良くなれたしさ。とにかく行って、すごく楽しいんだよ。行ったら毎日がすごく刺激でさ。「自分も絵描きたい、絵描きたい」っていう風に持って行ってくれるわけよ。

桑原 すごいね。

Madsaki うん。その時は、まだメッセンジャーやってたんだけど、9.11の後に仕事がなくなっていって、毎日仕事場に行ってもないのよ、あー、食っていけないじゃんっていう風になって。それで、デイヴと話してさ。デイヴはもう絵で食ってるから、「どうやったら絵で食ってけるの?」って聞いたの。そしたら、「とにかく何も考えずに描きまくることだよ」って。「描いてても、家賃払えないじゃん」って言ったら、「いや、大丈夫。真剣に、すべてを忘れて、自分の全部の魂で絵を描いてごらん。毎日。絶対に生活できるから」って言われて。

桑原 かっこいいー。

Madsaki  「アーティストになったら、アーティストなりの、見えないルールがあるから、絶対わかるから、やってごらん」って言われて。で、それをやった。そうやって、今があるわけよ。それくらいすごい偉大な人なんだよ、デイヴは。

桑原 そこにピックアップされたんだね、マサキは。その、Barnstormersには何年くらいいたの?

Madsaki 2001年に出会って、俺が帰ってきたのが2004 年、5年あたりだから、4 年間ぐらい、メンバーとほぼ毎日一緒にいたね。例えば仕事がくるじゃん、Barnstormers宛てに。今回はこいつとこいつってメンバーが選ばれて、自分が選ばれない時もあるわけよ。俺今回選ばれなかったーみたいな。そういうのでも、ああじゃあもっと頑張ろうって思えた。

桑原 それで、4年間は、食えたの?

Madsaki うん、なんか色々なことをしていて、何とか食えてたね。

桑原 それ、最高だね。

Madsaki うん、なんだかんだ、やってたね。なんか知らないけど。それで日本に帰ってきて、ジョニオ君(Undercover高橋盾氏)と知り合って、そこでボンっと行った。

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桑原 東京に帰って来た時に、まさにジョニオと出会うってのもすごいよね。

Madsaki でも失礼な話、誰だか全然知らなかったんだよね。(笑)だから、全然緊張感がないわけよ。

桑原 でも、それがよかったんだと思う。

Madsaki 周りからすごい有名なUndercover っていうブランドの、デザイナーだよって言われたんだけど、Undercoverさえ、知らなかったから、失礼な話。全然ファッションとか興味なかったしさ。わかんないし、まして当時日本のことなんて全然わかんないじゃん。ただ、話してて楽しいから、今度遊ぼうってなって、遊びがああなって。

桑原 お互いにウマが合うなっていう感覚って、誘えは最初のBarnstomersと同じような感じ?

Madsaki そうだね、ジョニオくんも絵を描くのが好きだったじゃん。それで、オフィスに遊びに行った時に、なんか2人で絵描いて遊んでようって、2人で絵を描いて遊んでたんだよ。それで、全然違和感ないし、すげえ絵うまいなと思いながら、面白いなって思って。ポップでダークな絵描いてるからさ。そうして面白いなと思ってしばらく絵を描いてたら、ジョニオくんの方から、「今度個展やらないか」って言われて、個展?いいよって言って。それでIntermissionが出来たんだ。ただ、それもやっぱBarnstormersでの自分の経験がないと、人と一緒に絵はかけないじゃん。そもそもまず、一緒に絵を描くってことをしないじゃん。

桑原 そうだよね、普通は嫌がるよね。

Madsaki そう。ほら、音楽とはちょっと違うじゃん。次はCコード行って、みたいなルールみたいなのはないじゃん、そんなの。それでも全員で描いて、どこかだけ浮いてたらおかしいから、なんとかうまく全部一つの絵、作品に見えないといけない。それはやっぱり、Barnstormersはそこではもうトップクラスだったんだよね。他にも色んなグループがいたけど、Barnstormersの横に出るものはいなかったね。

桑原 なるほど。でもさ、人間というのは戦争もするけれど、そうやって平和なコミュニケーションが出来る生き物だとも言えない?

Madsaki そう、そうそう。言える言える。だってBarnstomersに日本人も結構いるもん。そんなに英語は話せない、けど絵では会話が出来るわけ。言葉で会話が出来なくても、全然会話が出来てる。世の中のルールは、そこには存在しないんだよね。そこではもっと見えない世界のものが動いてる。

桑原 だから、人間はやっぱり、平和を愛する生き物なんじゃないっていうこと、アートが、殺伐としてしまう世の中をちゃんとトリートメントするっていうか、潤滑油の役割をするっていう、素晴らしい発言だよね。今日の話は。

Madsaki そう、誰が言ったのか忘れたけど「アートは乱れた者を慰め、安定してる者を乱す」っていうフレーズ。これ、まさにそうだなって思うんだ。俺にとっては、アートって庭みたいなもんなんだよね。あったらあったで、庭ってすごくいいじゃん。余裕が出来る。ほんとに、それなんだよね。その庭で、自分がどう遊ぶか、何して遊ぼうかなっていうもの。

桑原 例えばジョニオと遊んで、どこが魅力だった?

Madsaki あの、見てる視点というかさ、日本人じゃないんだよね。地球人ていうか、インターナショナルな頭をしてるっていうか。うーん、どう説明したらいいんだろう。感覚的なことなんだよね。ほら、日本から出たことがない人とさ、やっぱ世界を見てる人って全然違うじゃん。

桑原 具体的な例を言ってくれる?

Madsaki あっ、わかった! 例えば、2人でキャンバスに向かってるじゃん。「俺がここをこうやるから、ジョニオくん、そこシャシャー、シュッシュッシュとやっといて」、って言うんだけど、今のわからないでしょ。俺が言ったこと。

桑原 わかんない。(笑)

Madsaki それをわかる人なの。向こうが、「わかった、わかった、そこをシューってシューね。」「そうそうそう、それそれそれ」って。そのシュー、シャーって、言葉にはなってないじゃん。けど、それでわかってるわけじゃん、お互いに。それがわかってるのとわかってないとでは違うんだよね。説明をしてないじゃん。感覚的に言ってわかってくれてるわけじゃん。それでちゃんとそれ以上のものが返ってくるわけよ。それを見たらすげーってなるじゃん。

桑原 その対極にあるのが、日本の社会のシステムだよね。マニュアルを渡されて、そのマニュアル通りにしか、動いちゃ行けないって言われたら、「シュッとシャッと」って言われても、全然わからない。

Madsaki 分からない分からない、そうそう、本当そう、それ。自分で考えて自分でやってっていうね。

桑原 あれからマサキはどうなった?

Madsaki うん、俺は当時全部出し切ったわけよ。それで、Barnstormersにいた時に思ったのは、Barnstormersのメンバーって、ちゃんとみんな自分の絵を持ってるのよ。自分のスタイルを。例えばAさんはこのスタイル、Bさんはあのスタイルとか、ちゃんと確定してるのよ。もうこんな若い時から本当にスタイル持ってるな、皆、みたいに思う。でも、自分はスタイルはないわけよ。

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桑原 そう思う理由は何?

Madsaki うーん、今思う、42歳になって思うのは、このスタイルがないのが自分のスタイルなのかなっていうか。

桑原 えー、ありすぎるくらいあるでしょ。

Madsaki 最近はちゃんとほら、色んなスタイルが確定してるから、あの文字はあいつだねって、わかってくれるけど、それまではいろんなスタイルでやってったから。やっぱ飽き性で、すぐ飽きちゃうんだよね。(笑)それで、ジョニオくんとやった時も、もう描けない、もう無理だという風になって。自分に嘘つくのも出来ないし。俺は「ダメだ、出来ない」ってなって、一回俺、消えようと思った。それで、消えたんだよね。その間色々なこと、幾何学的なこととかをずっとやってたんだけど、全部そうしたこと、それを通らないと、「今」に来れなかったわけよ。俺、ほんと寄り道ばっかりするから。なんか、「こうじゃないこうじゃない」っていう。普通まっすぐ行きゃ良いのにさ。一回やってみたくなっちゃって。その繰り返しを、やってたんだよね。

桑原 その間、自分の周りとの関係はどうだったの?

Madsaki うーん、 やっぱり周りが羨ましかったよね。周りの作家見てるとさ、やっぱ自分のスタイル持ってるし、ちゃんとサクセスしてるし。まあそのサクセスの意味はわからないけれども、それなりにやってるし、うん、すごいなっていう想いがすごくあったね。「自分は何なんだろう?」みたいな。うん、けどそのもやもやがあったからこそ、吹っ切れたんだよね。ある日、突然。

桑原 ある日突然に、来たんだ。

Madsaki ある日突然来たね、うん。やっぱり自分はもう絵を描くことしか出来ないってわかってくるから、他はもう出来ないって。今さらサラリーマンになれないしさ。(笑)「ここで生きていくんだったら俺、何していけばいいんだろう?」ってのを常に考えてた。それで、描く時はいつもキャンバスがあるじゃん、白いキャンバスが。さあ絵を描きますっていう時、でも白いキャンバスがすっご嫌だった。俺、もう恐怖だった。「ここから、また何かを描かないといけないんだ、俺は」って。相当落ち込んでたから、もう色々考えていて、白いキャンバスを見るのが嫌で、「またここから何か描かないといけないんでしょ」って。その鬱憤を晴らすために、その緊張感とかを晴らすために、そこに英語のフレーズを書いてたんだよ、例えばわかりやすくいえば、“Fuck You”とかね。それで、描いて、キャンバスを汚して、キャンバスが汚れたし、じゃあその上から絵を描いていこうって。それで、ある日、自分がキャンバスに書いてる文字と、そうやって書いてることが面白くなっちゃって。これはすげえアホだなと。うん、これが作品だったら面白いよなって。でも、こんなのアートなのかなとかさ、こんなんで行けるのかなと思う。その時、ちょうど個展の前でさ、六本木のCLEAREDITIONで、その担当の佐藤くんに電話して、「俺さー」とかって言って。──面白いのが、その個展のタイトルがin betweenだったの。「真ん中、中間点」っていう意味のタイトルで。その時、本気で絵で悩んでた。──その時に、「佐藤くんさー、今俺キャンバスに文字書いたんだけど、英語で、こういうフレーズ。それでこれでもう良いと思ってるんだけど、どう思う?」って聞いたら、「いいんじゃない」って言ってくれて。俺が、「これ、売れたら、俺もう裸で歩くよ、街の中」って。半分、もう覚悟してたの。で、そうしながらもそれを出したら、その絵が売れちゃったわけよ。ささって描いた絵、文字が。えーっ!てなって。それで「これいけるかも」って、調子こいちゃったんだよね。(笑)

桑原 誰が買ったの?

Madsaki ドイツのコレクターの人がたまたま見つけて、

桑原 その作品にはなんて書いてあったの?

Madsaki HOLY FUCKING SHIT って描いてあった。

二人 爆笑

holyMadsaki 白いキャンバスにただ、HOLY FUCKINGSHIT って筆で黒い文字で書いて、それを上から絵を描くはずだったんだけど、描かないでそのままにした絵を飾ったの。だからきっとあれはもうちんぷんかんぷんのショーだったよ。それでほとんど売れなかったし、何も。売れなかったの、あの文字ぐらいしか。次の年のショーが、Write Here, Write Now っていう、全部文字シリーズで行ったじゃん。もうあの時に、メールでも書いたじゃん、「俺これでダメだったら、アーティストやめるね」って。それぐらいの覚悟でやってたんだよ、俺。そしたら、あれがドーンと行っちゃって。あー、「これわかった。俺が楽しんで、絵を描いてれば、行けるんだ」って。「自分がまず楽しまないと、何もならないんだ」って。世の中も何もならないって。だから俺が楽しまないとダメなんだってのが、すごいわかったんだよね。自分が見て自分で笑えるかっていう、そこが多分自分なんじゃないかっていう。それまでは、自分と全く違った自分で表現しようとしていたけど、あそこでやっと本当素の自分が出せるようになった。今こうやってみんなと会ってる裸のMadsakiが、作品になれたって感じだった。だから、俺はいつも描いてる時、自分で指差して笑ってるし、「バカだなあ、これ、大丈夫なの」ってそうやって自分で笑えるっていうのが、すごく大切だなって、すごく気づかされた。

桑原 そこには、なんのルールもないよね。

Madsaki 自分はずっとアメリカで育ってるわけじゃん。自分が作るものはやっぱり自分の歴史から来るものだから。嘘はないんだよ。自分が見てきたもの触ってきたもの全部が、素直に作品に出るから。そうやって自分の中にあるものを背伸びせずにそまんま出してるから、多分、それが人に伝わるんだと思う。狂気だよね、うん、こいつ大丈夫かってね。(笑)

桑原 何回目の個展だったかちょっと覚えてないけど、あのー、なんだっけ。

Madsaki ワナビー(Wannabie’s)ね。

桑原 そう、ワナビーって言われてもわかんなかったわけよ。

Madsaki 「なりたがり屋」っていう意味ね。うん、ワナビーが、サザビーと、クリスティーズと全部かかってるっていう。

桑原 パロディーになっている名画が、へなちょこなのに上品だったんだよ。自分の価値観の物差しが品の良さなんだよね。川久保玲さんの選曲仕事も川久保さんの上品さに圧倒されたから頑張れたと思う。

Madsaki 品ね、クラス。なるほど。そんなの俺にあるのかな?

桑原 荒ぶる心が、荒ぶるまま表現されていても、意外とパワー持たないんだよね。それが「上品」に化けた時に、ドドーっとくる。

Madsaki なるほど! 嬉しい。

桑原 あれ見た時、もうね、マサキこれ絶対行くわ、これやばい、すごいことになっちゃったって、帰り道を歩きながらやばいよ、マサキってずっと言ってたよ。笑

Madsaki 嬉しいっす、本当に。

桑原そして、 Wannabie’s 2が、もっとすごかったから、うわーと思ったら、もう村上隆さんと事が始まったわけだよね。

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Madsaki 去年の9月かな、朝起きて携帯見たら、@takashipom has followed you ってでてるの。えって思って、takashipom って村上隆さんだよなって思って、絶対嘘やんって思ってポンって押したら本当にあの水色のチェックついてたんだよ。便所で間違って押しちゃったのかなみたいな。(笑)けど、ずっとフォローがついてて、時々 likeもおしてくれるから、あれーってなって。それで、去年、アトリエ借りて、城南島に、一枚目に書いた絵が、マチスの絵だったんだけど、それをアップし たら、隆さんが、これ買いたいっていきなり言ってきて来て、そっからだよね。インスタフレンズだよね。(笑)日本に帰って汚いアパート借りて住んでた時も、村上隆さんの本ずっと読んでた。隆さんの本が出るたびに読んでたし。これはすげえ縁だなって。けどちゃんと会った時は、横浜美術館のあのオープニングの時で、隆さんに挨拶に行って、マチスを買ってくれてありがとうございますと。「おー! マチスね!」って。(笑)で、一緒に写真を撮ってもらっていいですか?って聞いたら、「じゃあ、マサキさんの絵の下で一緒に撮ろうよ」って言ってくれて、とにかく存在の気圧っていうか、存在感だけでやられちゃうみたいな感じなんだ。そっからちょこちょこ俺も顔出すようになって。

桑原 村上さんの魅力って、アートの世界の仲間として、どういうところにあるの?

Madsaki 仲間としてというか、巨匠だし、大先輩だからね。だって、アート界のトップにいるわけじゃん。それを維持している人じゃん。もう、それだけですごいよね。日本にそんな人いなかったじゃん。それで日本で色々なことやってるわけじゃん、サポートをしたりとかさ。すごい人だなって、口で説明できないけど、もう本当尊敬してるしさ。

桑原 それは、最初、Barnstormersの仲間に入れてもらった話や、それから東京に来てジョニオに会ったこと、そして遂に村上さんに出会って、これらに共通してるものはある?

Madsaki それは、地球人っていうか、宇宙人ていうか。感覚がもう全然違う。あと、心が広いっていうか、本当に広い。懐が深いっていうか、どしんとしてる。多分、俺はもう見られた瞬間にもう見破られてると思うよ。この人が誰なのかっていうことを、それくらい、多分もう色んな人を見てるし経験してるしさ。もう完全に見通されているっていうのがわかるんだ、自分でも。だから全然、もうカッコつける必要もないし、こっちは嘘をつく必要もない。もう自分のままでいて受け入れてくれるんだったら、それでいいやって。それはもうその皆に共通してるね。

桑原 今回の村上さんとの出会いから見えるすぐ先の未来は?

Madsaki たとえばさ、僕にとって村上隆さんというのは、音楽でいうとデヴィット・ボウイやローリング・ストーンズなのよ。隆さんは。じゃあ自分はどうなりたいかって考えると、ルー・リードとか、ラモーンズなのかなみたいな、そっちなのかな、ってなんとなくわかるんだよ。だって俺はローリング・ストーンズにはなれないもん。だってさ、隆さんのスタジオに行った時に、もう声が出なかったもん、 すごすぎて。「これが世界のトップのスタジオなんだ」って。働いてる人数もすごいし、やってることもすごいし、想像はしてたけど、想像を超えるものが目の前にあるわけじゃん。それで、自分が見えなかったことが見れたしさ、それで隆さんは隆さんであの感じで、さっとクールに普通に接してくれてさ、もうとにかくすごいっていう。あそこまで大御所で、巨匠だったら、会ったこともないアーティストのインスタに入ってきて、会話して、買いたいっていう、自分からはそんなことはしないじゃん。誰かにやらせるかもしれないけど、本人が直では来ないじゃん。例えば、ミックジャガーが来て、こんなことする?ないじゃん。まず。そのレベルなんだよね。かっこよすぎる。

桑原 なるほど。

Madsaki こんな狂ったさ、この自分がどこまでいけるんだろう、って考えると楽しいじゃん、それって。

桑原 楽しいねー。

Madsaki どこまでいけるのかに、すごく興味があるね。だから行くところまで行きたい。アート界の底を回るかも知らないけど、それはわかんないじゃん。ただ、行くところまで行ってみたいっていう。うん。それはあるね。だから楽しみながらさ、「すげーなこれ」って、「なんだこれ」って言いながら続けるのがさ、それはすごい自分の中で楽しみだね。それが原動力にもなってる。うん。この先どうなるのかが。

桑原 事実は小説よりも奇なり、とよく言うけども、本当に何か特別なことをする人とか、社会に大きな影響を与える人というのはさ、いつの間にか最高の道を歩んでいるよね。

Madsaki 導かれるっていうか、うん。けど、それってみんなできることだと思うんだよね。ただ、やらないだけなの。この社会のシステムの羊になってるわけじゃん。羊なの、完全に、電車に押し込まれて、「やれ」って言われたことをただやってるっていう。能力はみんな備わってるのに、 システムがそこに目を覚まさないようにしてると思うんだ。みんなそれは出来るはずだと思うんだよね。それを出来るようになったら世の中どれだけ面白いことになるか、本当に。それはもちろん自分なりに努力はあるけどさ、頑張らないといけないけど、無意味なわけわかんない社会にはならないと思うんだよね。

桑原 日本に帰って来て、何年?

Madsaki 2004年に帰ってきたから、12年目なのかな?

桑原 居心地がいいのはどっち?

Madsaki いや、もう全然アメリカ。

二人 笑

Madsaki 俺日本にいて、アートってものがなかったら多分首吊ってるんじゃないかなと思うもん。「何してんだろう?」って、麻薬中毒者になって死んでると思う。うん、だから年取ればとるほど、向こうが恋しくなる。だって今の基盤の自分を作ってくれたのはあっちの国なんだもん。あっちで得たものだから。そこにプラスアルファで日本が入ってる感じ。

桑原 まあ、マサキは、例えば政治に関しても、何に対しても、ちゃんと自分の意見をはっきり言うタイプじゃない。だけど、日本って、「このシステムの中に、いる以上は、文句言えないよな」とか、強い力に対して我慢する力がものすごく強い国だよね。

Madsaki うん、みんな我慢してるよね、言えばいいのに言わないっていうね。

桑原 なんだろう、社会がどのくらいめちゃくちゃなのかっていうことを、マサキはかなりストレートに言っているけど、アメリカがいいっていうことなんだ。

Madsaki アメリカはでも、政治を抜いたアメリカね。政治は日本もそうだし、終わってるし、アメリカもそうじゃん。もうめっちゃくちゃなわけじゃん。もうこの話は一晩中しちゃうからさ、しないけど。ただ、アメリカっていう、人間性とかさ、自然とかさ、文化とか。そう、やっぱり人間だと思うんだよね。あそこに住んでる人たちが好きなんだと思うんだよね。

桑原 その好きな理由は何なんだろう?

Madsaki 気を使わなくていいし、ありのままの自分でいれる。

桑原 それは、平たく言うと、誰に対しても公平だからってこと?

Madsaki まあ、人それぞれだけど、人種差別が普通にある国だからさ、心の広さなのかな。みんな向こうは余裕がある。別にお金がなくても余裕があるし、お金があっても余裕があるし。まあ、みんながみんなってわけじゃないけど、ざっくり言うと、心にみんな余裕があるよね。

桑原 日本に来たおかげで自分が変わったなみたいなことは一切ないってことかな?

Madsaki あるあるある、それはすごいあるよ。やっぱりほら、自分が日本人でもあるし、でも向こうで育ってるから、ずるいところがあるよね、アメリカのいいところを取って、日本の良いところを取って自分のものにするっていう。だから良かったなって思うもん。多分向こうにいてアートやってたら、今自分がやってること、出来てないと思う。それはもう100%わかる。今、自分がやってるアートには辿りついてないと思う。それはわかるね。

桑原 それはなんでなの?

Madsaki 一回アメリカを出て、客観的にアメリカを見てるわけじゃん。それで、アートをやってるわけじゃん。だから、中にいてアートをやるのと、アメリカの外にいてアートをやるのは全然違うと思う。例えば日本の良さって、日本を出ないとわかんないじゃん。日本を一回出て、どっかに住んで、長い時間過ごして、日本のあそこいいねって初めてわかるじゃん。当たり前だったことがさ、海外行ったら日本のあそこが本当にいいねとか、わかるわけじゃん。それと一緒で、アメリカを出て、日本に住んで揉まれて、いろんな経験して、俺は英語も使ってるわけじゃん、アメリカの。アートの作品のかで英語を使ったりしてるわけじゃん。でもそれは、日本に帰ってきて、客観的にアメリカを見ることができたから出来てることだと思うんだよね。いい意味でも悪い意味でもね。

桑原 すごいポジティブだよね。

Madsaki 自分がある意味楽観的だから。じゃないとこんな仕事できないもん。絶対無理、無理無理。

桑原 それはどこから来てるんだろう、マサキのその大らかさというのは。

Madsaki それはアメリカだよ、アメリカの大地。日本は島国じゃん。向こうは大陸じゃん。そこだと思う、違いは。大陸で育つとこうなるの。(笑)あのデカさが心に余裕を生むんだよね。

桑原 今日話してもらったことを、どれだけ話したとしても、ほとんど皆「社会の重圧や、どうにもならない仕組みに対してひっくり返そう」とかではなく、そういう気持ちはさらさらなくて「そういうところは避けていこう」という風になって、「その中でいかに無事に生きていくか」っていう、もうね、悲しくなるくらい、そういう話ばかりだよね。

Madsaki それはシステムがそう作ってるんだって、だってもう学校のシステムだって家畜を作るためのシステムなわけじゃん。学校なんて、社会に出た時に、コントロールしやすいように、その年から、家畜にしておこうっていう。だから、すごく上手いんだよね。

桑原 本人が家畜だと思ってないんだよ、これが。

Madsaki 思ってないんだよ、だからそれでやつらはもう成功してるんだよ。だからうちらみたいなのは本当にもう、レアだよね。

桑原 そういう意味ではさ、こういうレアが、世界のトップに立たないと、壊せないんだよ。だからマサキ、絶対世界のトップに立ってもらわないと。

Madsaki 世界のトップに立つ前に殺されるだろうね。(笑)

桑原 それを上手にかいくぐってだね。自分を笑い飛ばす力で世界のトップに立て欲しい。カウンターカルチャーからトップに立つ奴が増えない限り、この国は変わらないと思う。

Madsaki あー、かもね。あいつがなれるんだ、みたいな。(笑)おかしくね、え、まじで、見たいなね。(笑)

桑原 そうそうそう。「それぐらいなら俺も行けんじゃない?」っていうやつがトップに立たない限りは、ダメだと思う。

Madsaki 頑張ろう、俺。(笑)どこのトップかはわからないけど、ちょっと頑張る。

桑原 アメリカってなんか、クソみたいなやつがトップに立つじゃん、いっぱい。

Madsaki そうだよ。

桑原 だからさ、夢があるんだよ。アメリカの属国のくせして、日本はアメリカから一番大事なことを学んでないんだよ。

Madsaki 確かにそう、日本人はね、人の目を気にしすぎ。本当に人の目なんて、どうでもいいから。年取れば取るほどわかると思うよ、本当に。


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MADSAKI

1974年大阪生まれ Parsons School of Design Fine Arts科 卒
作家として活動を始めて以来、MADSAKIは細密画から大型彫刻やインスタレーションまでその変幻自在なスタイルで我々を魅了して来ました。近年今までの幾何学的な作風が一変し、キャンバスに描かれる刺激的かつ挑発的な言葉(メッセージ)や名作のパロディともとれる作品の重要な部分を占める様になりましたが、作家としてのスタンスは変わることなく、常に独特な視点から世の中で起きている事象を観察/解釈し、それを再構築しながら新しい意味合いをもたせて昇華させてきました。過去に多くの作家が言葉と戯れ作品を残した様に、MADSAKIの近作に登場する言葉遊びやアプロプリエーションは単に「社会に対しての悪態」として片付けられるものではなく、「再構成」によって元が持つ記号を軽々と超越しながら社会を風刺、揶揄します。同時に様々な事柄について我々に考えさせるのです。時に荒々しく描かれた作品やフレーズは鑑賞者に対し「深く考え裏を読むべきなのか、そのまま提示されたものを素直に受け止めるべきなのか」という問いを投げかけます。極端に言えば見ているものが「アート」なのかどうかということすら鑑賞者の価値観にゆだねられます。我々が日々生きていく上で直面する様々な仕組み対し、MADSAKIは作品を通して揺さぶりをかけてくるのです。


フリーダム・ディクショナリー
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