Back to the CLASSICs last vol. by SEALDs

芸術、夢—ウィリアム・モリスの声。

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———最初にあなたがたにお願いしたいことは、「芸術」という言葉を、人々が意識的に「芸術」だとしている絵画や彫刻、建築といったものだけではなく、全ての日常にまつわる物の形や色といったところにまで広げてほしいということです。それだけではなく、耕作地や牧草地をどうするか、あらゆる種類の道路のこと、街をどう作っていくかというところにまで、一言で言えば、私たちの人生に関わる外的なところにまで「芸術」という言葉を広げてほしい。

———そう考えて周りを見渡すと、今日私たちの周りの環境はどうなっているだろう。私たちの後に続く人々に、この地球に何をしたのかと聞かれたら、いったいどう説明が出来るだろうか。何千年ものあいだの争いや、軽率さや利己主義にもかかわらず、先祖たちはそれでも美しいままの地球を手渡してくれたというのに。/私たちは、これから生まれてくるすべての世代のために、信じて託された者にすぎない。

———私たちが希望を持って、喜びに満ちた生活をし、労働するために必要なものは、平和である。人々はよく平和を熱望すると言葉では言ってきたが、実際には、これまでずっと、それを裏切る行動が行われてきた。だからこそ、私たちは、心から平和を願い、どんな犠牲が伴おうともそれを勝ち取ろう。

t2

———人間の一生は短く、目先のことしか、見通すことはできない。しかしそれでもこれまで私が生きてきた間でも、驚きに満ちた素晴らしく、予想もつかなかったようなことが、確かに起こっている。だから、私たちを取り巻いている現実を全て承知の上でそれでもなお、まだ希望はある、と言っておきたい。

———こう信じることで、私は元気が出る。そして落ち着いてこう言うことができるーもし空白の期間が必然的に訪れるなら、それはそれで仕方ない。しかしきっと、その闇の中でも、新しい種が芽を出すに違いない、と。これまでずっとそうだった。まず誕生がある。その時にはほとんどそれ自身にすら気付かないくらいの希望、それから花や実が熟して、はっきりと自覚的な希望へとなる。そして爛熟の後に腐敗が訪れるように、それは傲慢さへと移ろってしまうかもしれない。しかしそれでもーー再びまた、誕生する。

———そうする間にも、芸術を真剣に考えるもの全ての自明の任務は、世界を救うために全力を挙げることだ。最善な状態が、無知と愚かさから生じてしまう喪失してしまうことから、救うために。

———だから、あらゆる変化のうちでも最もがっかりする事態にならないように、つまり消えていた野蛮さを、新たな野蛮をもって置き換えることにだけには、ならないようにすべきだ。たとえ、芸術を心から大事に思う者たちがとても弱く、出来ることなど、ほぼないかのように見えたとしても、少なくともある伝統や、過去の記憶の一部でも生かし続けることは彼らの務めだ。そうすれば新しい息吹が生まれてきた時に、必要最小限の時間しかからずにそれを活かすことが出来るようになる。

———そんなことは夢で、今までそんなことはなかったし、これからも実現できないだろうと皆さんは言うかもしれない。確かに、そうかもしれない。だが、だからこそ、—世界はまだ生きていて動き続いているのだからーいつの日か実現されるだろうという私の願いは強くなっていく。夢、そうだ。しかし、これまでも夢だったことが現実となって、素晴らしいもの、必要なものがもたらされているではないか。

いずれにせよ、夢だったとしても、どうかあなたがたの前にこの夢を示すことを許していただきたい。なぜなら、これは装飾芸術における私の仕事全ての根底にあり、この思いが私の心を離れることはないからだ。そして私は、この夢、この希望を実現するのを手伝って欲しいとお願いするためにこそ、今夜ここに立っている。

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芸術、夢—ウィリアム・モリスの声。

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである。」という言葉をよく聞くことがあって、初めて聞いた時には、良い言葉だと思っていた。しかし同時に違和感も感じていた。その言葉を引用する人の多くが、その美しくする「生活」の中に閉じていっているような気がして、逆に戦争そのものに反対することをしない言い訳に使っている人が多いような感じがしていたからかもしれない。もしかしたら、「音楽に政治を絡めるなよ」と言う人に通じるような。

そういう流れで、「生活を美しくして、それに執着するということ」の中には、戦争に対して美しく反対することも可能であるし、それがきっと生活を美しく保つということなんじゃないか、ということをちょっとずつ考えていた。

そんな時、特徴的な蔦のデザインでよく知られている「モダン・デザインの父」ウィリアム・モリスが19世紀イギリス、ヴィクトリア朝の時代に反戦運動を盛んにして、集会(デモ?)を組織し、場所案内のフライヤーをデザインしていたということを聞いて、すごく驚いた。モリスの「美しい」デザインと、彼が行ったという政治的な行動が結びつかなかったからで、そこを何が繋げたのかに興味が湧いた。そして彼について調べてみると、様々な面白いことがわかってくる。

ウィリアム・モリスは1834年3月24日、イギリスで生まれた。まず聖職者を目指していたが、諦めた後に建築の仕事に関わり、その後ラファエル前派のダンテ=ガブリエル・ロセッティの影響で絵画に傾倒し、最終的に装飾芸術ー民衆のための「小さな芸術」に道を見つけ出した。同時に、社会活動家としても知られ、マルクスを読み込み、ボロボロになって背が取れてしまった『資本論』を新たにため息が出るように美しく装丁し直すような「社会主義者」だった。

意外なところだと、明治期、モリスは多くの日本人にとって馴染みが深かったようだ。芥川龍之介の卒業論文はモリスだったらしい(残念ながらその原稿は関東大震災で焼失してしまったとのことだ)。より深い影響になると、宮沢賢治の『農民芸術概論綱要』という、農民のための芸術論には特に、民衆、労働者のための「芸術」を掲げたモリスの影響が強く表れているらしい。

「われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか
職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である」
(『農民芸術論』より)

「衝動のやうにさへ行われる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲にまで高めよ」
(「生徒諸君に寄せる」)

こうした思想を持っていた宮沢賢治が読み込み、響いていたというモリスの芸術論は、一体どういうものだったのだろうか。モリスに取っての「芸術」という言葉は、一般的に「芸術」と言ってイメージする絵画や彫刻ではなく、「自分のすべての日常の暮らしに関わる外的な要素にまで」広げることを意味していた。そしてそれを享受するのは、一部の人ではありえない、全ての人々のため、そしてそれを作り出す労働者自身のためのものだった。辛いだけの毎日の労働を芸術に、ーー賢治のように言うならば、労働を「舞踏の範囲にまで高め」ること。これがモリスにとっての最終目標だった。そして、それを可能とするため、「われわれが希望を持ち喜びに満ちて生活し労働するために必要なのは、平和である。」として、モリスは平和を求める人でもあった。

1885年モリスはイギリスのスーダンへの植民地戦争を批判する文書をデザインし、声明を出す。また、反戦集会を組織し、自ら司会を務める。そこにあるのは、イギリスの「エジプト及びスーダンの人民に対する侵略」と、そうした政府に抗する人々への共感だ。ここにある言葉だけを見るなら、もしかしたら「ただの」反戦的な文書なのかもしれない。しかし130年前、芸術家のモリスが、「芸術的な」信条からこのような泥臭くもある声をあげていたということに、大きな意味を感じる。

「仲間の諸君、そこに注意を払ってほしい。そして、正すべき不正があると思うなら、君たちの身分全体を着実に平和のうちに高めるという最も尊い希望を抱いているのなら、そして、自由な時間と知識を渇望し、資源以来われわれの障害となってきた不平等を軽減したいと切望しているなら、ためらいなど捨てて立ち上がり、不当な戦争など反対だと叫んでほしい。」

この14年後の1898年スーダンでイギリスとフランスはアフリカ大陸の植民地政策をめぐってぶつかった、「ファショダ事件」を起こしたが、衝突は回避された。これには、モリスらがかかわった1885年の反戦運動が一定の役割を果たしたと考えられている。2016年、安保法案が通った今、奇しくも日本は南スーダンに自衛隊の派兵が決まっている。こうした時、モリスから何を学ぶことができるだろうか。

「芸術を真剣に考えるもの全ての自明の任務は、世界を救うために全力を挙げることだ。」と言う彼にとっては、本や壁紙を装飾して、自らの、そして他者の日常を美しくすることと、平和を保ち、公共の中で他者と美しく共にあるため危機的な状況にある世界を救おうとすることは、彼にとっての「芸術」という考えから来ていた。

モリスの面白いところは、その思想の「ユートピア的」な夢にすぎないとして捉えられることを、それを実現するために行動し、彼自身がそれが確かに現状においては夢にすぎないと認識していること、但し、未来においてはその夢が引き継がれていくという望みに賭けて、バトンを繋ぐ意志があることだ。

「そんなことは夢で、今までそんなことはなかったし、これからも実現できないだろうと皆さんは言うかもしれない。確かに、そうかもしれない。だが、だからこそ、―世界はまだ生きていて動き続いているのだからーいつの日か実現されるだろうという私の願いは強くなっていく。夢、そうだ。しかし、これまでも夢だったことが現実となって、素晴らしいもの、必要なものがもたらされているではないか。/そして私は、この夢、この希望を実現するのを手伝って欲しいとお願いするためにこそ、今夜ここに立っている。」

「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである。」という言葉をモリスに即して読んでみる。すると自国のスーダンへの派兵を反対するモリスの一人の民衆としての声が浮かび上がってくる。そしてそれを予告するフライヤーのデザインとが。きっと、生活を美しくするためにこそ、戦争に反対するのだ。それがどんなに力がないように見えても、希望を捨ててはならない。一人の「小さな芸術」家、ウィリアム・モリスはこう言っている。

「諸君のうちのどなたかが、私の語る調子は絶望的に見えるというならば、私のしゃべり方が下手だったのだ。もし絶望などしていたとするなら、私は口を閉ざしこそしても、開くはずはなかったことを忘れないでいただきたい。事実、私は希望に満ちている。しかし、私の希望の実現する日がいつだと、あげることはできない。それが私の生涯のうちに、あるいは、あなたの生涯のうちに訪れるのがいつだと、言うことはできない。
しかし私は少なくとも、勇気を出せ、と言おう。素晴らしい、思いがけないような光栄あることが、私の短い生涯のうちにも、起きたことは確かに、あるのだから。」

(『民衆の芸術』)

参考
栗田禎子「ウィリアム・モリスとスーダン戦争ーヴィクトリア朝社会における反戦運動の一断面」『Image & gender』(2005年、彩樹社).
ウィリアム・モリス著、中橋一夫訳、『民衆の芸術』(岩波文庫、1953年).

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”BACK TO THE CLASSICs” について
ヒップホップで、時代に左右されることなくずっと聴き続けられる作品をクラシックと言うように、「古典」に限らず、本、音楽、映画、数多ある普遍的なクラシックを探求していく連載です。SEALDsとしての連載は今回が最終回です。

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