Back to the CLASSICs vol.02 by SEALDs

文章構成:神宮司博基 / イメージ:yui hasegawa / ページデザイン内山望

tl1

みんながスピーチで言ってる「戦後から100年を迎えたときの祝いの鐘を鳴らしましょう」ってのは、キング牧師の”Let Freedom Ring” が元ネタでしょ。いつか来る、争いのない世界を想像してみてください、そのときに自由の鐘を鳴らせって。

― キングが暗殺される直前の最後のスピーチも、「自分は約束の地にもう到達できないかもしれない」って言って、暗殺されることがわかってるかのような語り口なんだよね。自分はそこに到達できないかもしれないけど、でも確実にわれわれは到着するだろうって、最後に。俺はその映像を大学の授業で観て、授業中にボロ泣きして。ちょうどその時俺も悩んでて、SEALDs始める少し前、本気でもうやめたいと思ってたから。勉強したいと思ってたし。だけどキングから受け取ってしまったわけ。完全にキャッチしたの。そういうのがあるんだよね。

img1 みんなのスピーチ聞いてても、歴史的な先人の言葉みたいなところから紡ぎだそうとしてるのはわかる。過去の人たちから脈々と受け継いで来てるっていうか。それは単純に日本の歴史ってのもあるし、自分のばあちゃんやひいばあちゃんみたいなところもあるし、もっと普遍的に、人類が勝ち取ってきた自由とか平和とか人権とか、そういうところからの応答でもあるし。そう考えると別に何もおかしくないっていうか、歴史上何回も繰り返してきたことを、いまも俺たちは闘ってる。

― I have a dream がすげーいいのもさ、あそこでキングは、公民権運動をどう成功させるのかのプランを一ミリも言わないの。どうやったら議会をひっくり返せるかとかないわけよ。こうしたら法律が通るから、ここの議会をこう攻めましょうとか、そういうことは言わないんだよね。もしもワシントン大行進の時、みんなの前でI have a dreamって言ってたら、何かこう。(笑)
その先2、3ヶ月しか通用しないような話だったと思うんだよね。やっぱり、あそこでI have a dreamって言ったのがさ‥‥

普遍性だよね。

― そう、普遍性。あいつの夢は俺の夢だっていう話になるんだよ。

どこまでも引き継がれていく、みたいな。

“Speech_Martin Luther King Jr.
❝I have a dream❞
1963年8月28日
ワシントンD.C リンカーン記念堂

一今から百年前、我々が今日その人物像のもとに立っている一人の偉大なアメリカ人が、奴隷解放宣言に署名した。この重要な行政命令はそれまで不正義の炎に身を焼かれていた何百万人という黒人奴隷にとって素晴らしい希望の篝火となった。

―しかし百年経った今も、まだ黒人は自由ではない。/ 黒人はアメリカ社会の片隅に衰弱した身体を横たえ、自分の祖国にいながらも他国に彷徨う追放者さながらの状態に置かれている。それゆえわれわれは今日、この恥ずべき状況を劇的に告発するために集まった。

一友よ、私は今日、あなたがたに申し上げたい。今日も、そして明日も、様々な困難や挫折に直面しているとしても、それでもなおまだ、私には夢がある。それは、アメリカの夢に深く根ざした夢である。
私には夢がある。いつの日かこの国が立ち上がり、「私たちはこれらの真理を自明のことだと考える。すなわち、すべての人間は、平等につくられている」というあの、(アメリカ独立宣言の)信条の真の意味を生きることになるという夢が。
私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の上で、かつての奴隷の子どもたちとかつての奴隷主の子どもたちが、兄弟愛というテーブルに仲良く良く座ることが出来るようになるという夢が。/私には夢がある。今は小さな私の四人の子供たちが、いつの日か肌の色ではなく。彼らの内なる人格によって評価される国に住めるようになるという夢が。
私には夢がある。

一そしてもし、アメリカが偉人な国家になるべきであるなら。このことか実現されなければならない。
だから、自由の鍠を打ち鳴らそう。ニューハンプシャーの巨大な丘の頂きから。自由の鍠を打ち鳴らそう。ニューヨークの雄々しい山々から。自由の鍠を打ち鳴らそう。ペンシルバニアのそそり立つアレゲニーの山脈から。自由の鍠を打ち鳴らそう。コロラドの雪を頂いたロッキー山脈から。自由の鍠を打ち鳴らそう。カルフォリニアの曲がりくねった坂道から。

―あらゆる山から自由の鐘を打ち鳴らそう。

死の前日のスピーチ
“私は山頂に行った”
1968年4月3日
テネシー州メンフィス メイソンテンプル

―私がアメリカに対して言う、全てのことは「憲法に定めたことに忠実であれ」ということです。
もし私が中国或いはあのロシアに、或いはいかなる全体主義国家に住んでいるのであれば、たぶんこれらの非合法な禁止命令を理解できるかも知れません。
たぶん私は基本的な米国憲法修正第1条が遵守されていないことに対して、理解することが出来るかもしれません。
なぜならそれらの国々は彼ら自身、そのことを国の政治の方針として言明していないからです。
しかしどこかで、私は集会の自由のことを読んだのです。
どこかで、私は言論の自由のことを読んだのです。
どこかで、私は出版の自由のことを読んだのです。
どこかで、わたしはアメリカの偉大さは、正義のために抗議する権利であることを読んだのです。

―私が狙われているとか、私を狙う計画があると聞かされました。心を病んだ我が白人兄弟たちは、私をどうしようとするのだろう。いや、私自身、私にはこれから起こることが分からないのです。これから相当困難な日々が私たちを待ち受けているでしょう。でも私はそんなことはもう、気にならない。

―神は私を山の頂まで登らせてくれた。頂から約束の地が見えた。

―私自身はみなさんと一緒には約束の地へと、辿り着けないかもしれません。しかし今夜、皆さんにこのことを知っておいていただきたいのです。私たちは一つの民として必ず約束の地にたどり着くことを。

tl2

―僕はあと30年たって戦後100年になったとき、
ついに100年間、戦争してこなかったという祝いの鐘を鳴らしたいんですよ。
(2015年、東京、国会前でのスピーチ)

1863年1月1日、「一人の偉大なアメリカ人」リンカーンは奴隷解放宣言に署名した。この日から、「奴隷とされているすべての者は、同日をもって、そして永遠に、自由の身と」なった。少なくとも、理念上は。しかし、奴隷とされていた黒人の生活の現状は「人種隔離の手枷と、人種差別の足枷によって惨めな」ままずっと残り続けた。

1963年8月28日、奴隷解放宣言から100年後。終わらない人種差別の撤廃を求める大規模なデモが、アメリカ、ワシントンD.Cで行われ、20万人以上が集まった。その日、リンカーンを讃えて彼の名を冠して造られた記念堂の広場で、マーティン・ル-サー・キング.Jrは人類史における最も有名なスピーチの一つを行った。

そのスピーチを彼は、奴隷解放宣言が出されて100年経っても、黒人は未だ自由ではないこと。差別と貧困、絶望するしかないような状況が終わらないように思えるということから始めた。そしてそうした状況の中で彼がとった一つの方法は、それでも「夢を語る」ことだった。夢を持つことなど出来るはずのないように思えるような現実の中で、それでもなお夢が「まだある」ということ。諦めることの出来ないその夢を、彼は語った。「今日も、そして明日も、様々な困難や挫折に直面したとしても、それでもなおまだ、私には夢がある。」

そしてその夢も、彼自身が始めたものではなかった。それは、彼が生まれた国、「アメリカの夢に深く根ざした夢」でもあった。「アメリカの夢」一一一アメリカという国が始まる時、独立宣言に書かれた「全ての人は平等につくられている」ということ。それはキングにとっては、未だ叶えられていない「夢」だった。そして、それを自分の夢として語ること、それを現実に生きようとすることをキングは選んだ。

5年後の1968年の死の前日のスピーチにも、こうある。

 「私がアメリカに対して言う、全てのことは『憲法に定めたことに忠実であれ』ということです。/どこかで、私は集会の自由のことを読んだのです。どこかで、私は言論の自由のことを読んだのです。どこかで、私は出版の自由のことを読んだのです。どこかで、私はアメリカの偉大さは、正義のために抗議する権利であることを読んだのです。」と。

 「どこかで読んでしまった」キングの「夢」は叶ったのだろうか。きっと。少なくとも、彼がいなければ黒人の人々の地位や権利は現在とは同じではありえなかったように思える。それでも、彼が生きているうちにはそれは叶えられなかった。次に来る誰かが、それを繋いでいった。「夢」は現実の中で無力だ、少なくともそう見えてしまう。それでもそれがなければ、叶えたいその未来は訪れない。誰かがそれを繋げ現実にすることを想い、夢を見ること。夢を語ること、そしてそれを行動すること。そこに過去と未来がつながる瞬間がある。

しかし、キングの「夢」が完全にはまだ叶えられていないこともまた確かだと思える。2014年、ミズーリ州ファーガソンで武器を持たない黒人青年を白人警官が射殺した事件を発端に、白人と黒人の人種間の隔たりが依然として存在していることが浮き彫りとなり、今も根本的な解決はなされていない。“Black Lives Matter” 「黒人の命だって重要」だというスローガンにあるように、むしろ悪くなっているようにさえ思える。

bそれでも、そうした時、思い出されるのは、キング牧師、マルコム・X、マンデラといった「夢」を語った人たちであり、彼らの語った夢が、それを引き継いでいる人たちーーーミュージシャン、ラッパーたちといった新たな指導者たちによってまた新たに語られている。今でも、無数の曲に“lhave a dream”、「私には夢がある」という言葉がサンプリングされたり、キングの名が引用され、新たな曲になっているのを聞くことができる。古くはGrand Master Flash,Public Enemy最近だと、Common,Robert Glasper,Kendrick Lamar…
過去の人々には「夢」だったことが、次の世代の「現実」を作り出し、また「夢」を完成するために引き継がれていく。その繰り返しが歴史を作っていくように見える。

もしそうであるなら、今2016年の日本に生きる私たちは何を夢見るか。2015年の国会前の路上で語られ始めた「夢」は決して大それたものではない。1968年のメンフィスで誰かが語ったことと同じように、「どこかで読んでしまったこと」を諦められないということだけ、『憲法に定めたことに忠実であれ』ということだ。1945年、戦の終わりの時には、「夢」でしかありえなかった平和が70年間続いてきたこと。もしそれが、まだ繋がって行くのなら、2045年に、30年少しほど老いた私たちが、次に来る人々と一緒に祝いの鐘を鳴らしているだろう。ついに100年間、戦争してこなかったのだと。

a今号のカラーページに載せられた「I’m Still in the dream」はdictionaryの❝I have a dream❞の企画とも連動した生まれた、これから出る楽曲に寄せられた詩です。過去から未来に繋げられた「夢」、71年の月日に耐えた価値を、この島の上で生きる私たちが繋げていくために今何が出来るか。
「Marrtin Luther KingのようなDream描く俺たちは死者の夢の続きを生きる
I have a dream
目の前にある唯一確かなFuture
子供たちのための可能性 この島の上で
終わっている?なら始めるだけ Once Again」
Coming Soon.
参考文献
SEALDs編『SEALDs民主主義ってこれだ!』(大月書店、2015年)、107-109項.マーティン・ル-サー・キング.Jr (著)、中島和子(訳)『良心のトランペット』(みすず書房、1968年).マーティン・ル-サー・キング.Jr (著)、蓮見博昭(訳)『汝の敵を愛せよ』(新教出版社、1965年).コンッタ・スコット・キング(編)、梶原寿、石井美恵子(訳)、『キング牧師の言葉』(日本基督教団出版局、1993年).クレイボーン・カーソン、クリス・シェパード(編)、梶原寿(訳)『私には夢がある-M・L・キング説教・講演集』(新教出版社、2003年).

※Use without notice from the internet. I’m sorry.

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自由で民主的な日本を守るための、学生による緊急アクションです。
担い手は10 代から20 代前半の若い世代です。
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”BACK TO THE CLASSICs” について
ヒップホップで、時代に左右されることなくずっと聴き続けられる作品をクラシックと言うように、「古典」に限らず、本、音楽、映画、数多ある普遍的なクラシックを探求していく連載です。

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