みんなの反戦選曲ではなく、「そこはかとない」であることの侘び寂びがわかる人と対談します。

インタビュー構成・写真 桑原茂→
ページデザイン 小野英作

田中知之 VS 常盤響

田中 茂一さんが今回のタイトルに「そこはかとない」と付けてらっしゃるのがとても重要なことだと思っていて、「みんなの」反戦選曲ではなく、「そこはかとない」であることの侘び寂びがわかる人と対談したいとお返事しました。そこで、常盤くんは歳も同じだし、いろいろな活動において、「そこはかとない」感を理解されている人ではないかと思って、指名させていただきました。結局、ディクショナリーが創刊された頃と今が圧倒的に違うのは、SNSがあって、個人の自覚さえあれば、各人がメディアってことでしょう。それは、よいメディアにも悪いメディアにもなりうるわけで、例えば、311の地震の翌日に、たまたま神戸で小さなDJイベントを企画していまして、それを中止すべきかそうでないかで、すごく大変なやりとりがあって。調べてみたら関西電力と東京電力で電源がわかれているから、神戸で電力を使っても関係ないと。神戸の友達に「神戸はどう?」って電話したら、「どうもこうも、神戸は普通だよ」と。よく聴くと、彼らは地震のリアルな経験がありすぎて、311のテレビの中継は観れなかったらしいんです。だから、僕らは集まって騒ぎたいんだと。それで、イベントを予定どおりやって、そのかわり全額寄付しようと思う、とTwitterに書いたら、総攻撃、いわゆる炎上ですね。「FPMないわー」「人殺し」とか、いろいろなことをダイレクトメッセージやリプライで言われて。そのときはもちろん誰よりも早いチャリティイベントだったと思うんですけど、神戸の若者たちは、神戸の震災の時にみんなに助けてもらったからだといって、なけなしの金を募金してくれたんです。カフェでやったせいぜい100人ぐらいのイベントだったんですけど、寄付が27万円ぐらい集まりました。それを神戸新聞社から寄付したんですけど、開催後、人殺しだのなんだのワーワー言われたまんまだとシャクだし、弁解もしたいから、ひとつずつDMで「僕はこういう思いでこういうことをやりました」と返信していったら、そういう人殺しとかって言ってくる人が、いわゆる普通の主婦だったりしたんです。すごいラジカルな活動をしている、原宿の駅前のパンクな活動家とかじゃないんですよ。子どもを一生懸命育てて、旦那さんにご飯を作って……という人が、俺らみたいなところに噛み付いてくる、これはすごいなと思って。メディアのあり方というものが、変わったんだと思いました。主婦だからと言って、美味しいご飯のこととかだけをつぶやいているわけではない。今回の「そこはかとない」でも、そういう力が良い方向に作用すれば……逆に、傷つけることもできるけど、すごい力を与えることもできる。それが、一般の主婦にもできるんじゃないか、そういうことをずっと考えていて。

常盤 僕はたまたま311のときって、前日に熊本でイベントがあって、翌々日に沖縄でイベントがあるので、飛行機に乗るために福岡に移動しているときだったの。空港についたら、テレビの前に人だかりができていて、最初はよくわからなかったけど、飛行機に乗って沖縄に移動して。イベントといっても、入場料もないような小さいイベントで、沖縄の人からも、自粛したほうがいいんじゃないかという声もあった。イベントはUSTREAMでも中継する予定だったんだけど、仙台の、20歳代の半ばぐらいの男の子が、いま電気が来ていない、でもiPhoneの電池がまだ少しある。暗い部屋にいて、どうかやってほしいと。電源が残っている間、ずっと聞いていたいと。別にそういうときに、湿っぽい曲じゃなくて、ふつうに楽しい曲をかけた。そういうことに文句を言う人もいるけど、被災地で聞いている人は、逆に「ありがとう」と言ってくれたりとか。

田中 それって、まさに選曲のちからを信じているゆえの行動だよね。

常盤 うん。もちろん、すごい大変な思いをした人もいるんだけど。でも、ただ自粛したって何にもならない。沖縄で僕が自粛しようが、なんにもならないんですよね。

桑原 いまの話のポイントは、たった一人の独裁者を恐れるのも大切だけど、熱狂的な大衆が一番危険だということをメディアが言わないといけない、熱狂的な大衆が戦争を支持するから、大東亜戦争もどんどん大きくなってきたし。日本は当時、婦人参政権がなかったけど、ドイツはあった。国民が熱狂して投票したから、ヒットラーがああいう戦いができたわけで。

常盤 もともと力の強い党ではなかったわけですからね。小さいところにみんな集まったわけです。

田中 僕は1966年生まれですから、ノンポリの代表みたいな世代ですよね。僕らのひと回り上の世代までは学生運動バリバリの世代。僕らはそういうのを、たとえば京大西部講堂で、その残り香を見るみたいな感じ。でもそれを、すごく……あんまりリスペクトの目では見ていなかったんですよね。ある意味、もう失礼な話ですけど、子ども心に、未だにあの人は何をやっているんだ、時代遅れでなんてかっこ悪いんだろうと。要するに、反体制ってなんてかっこ悪いんだろうというところで、僕らは育ったと自覚しているんです。それは言い換えればおめでたい世代なんですけど、いわゆる戦争みたいなものがあるということはわかっているんです。僕らが生まれた年は、ベトナム戦争中だし、全然、アメリカでは反戦運動のまっただ中だったんですけど、僕らは、なんとなく感じてはいたけれども、自分の生活とはフィットするものではないと。そういう世代に育ってしまったものだから、ラジカルに何かを発信することは、すごく苦手だったんです。でも、茂一さんがいらっしゃるから言うわけではないんですが、YMOでブワ~っと音楽に目覚めて、その次に出てきたのがスネークマンショーで、そのアルバムのタイトルが『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』でしょう。

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常盤 僕らの世代が、リアルにそれをバシッと聞いたのって、本当に『死ぬのは嫌だ、恐い。戦争反対!』だった。

田中 結局、あれは何がすごかったって、「オシャレだった」。そこはかとないどころか、反戦がオシャレだった。あ、そうか、おしゃれだったら俺は、わかる。憧れたい。反戦に憧れる、と思った世代ですよ。僕はラジカルに反戦を歌うのは各人の自由だし、SNSで例えば、今度戦争が起こったら、この前選挙に行かなかったお前らのせいだぞ、ということを平気でおっしゃっている方もいて、真理だなとは思うんですけど、僕はその発言は、おしゃれじゃないなと思うんです。おしゃれであるということは、非常に重要なことだと思っていて、「反戦はオシャレだ」と、ある人が聞いたら何と不謹慎なと思われるかもしれないですけど。

常盤 僕はやっぱり、スネークマンショーにはユーモアという部分があって……だって、それまでそういうラジカルなことにユーモアがあったら、一番いけないんじゃないかって、それは、オシャレにしてもそうじゃないですか。そういうことをやったことにより、でも僕は時代というものもあると思うけれども、すごく直球な言葉を投げつけたからこそ……、それによって拒絶してしまう子もいるし、ふわっとした子に伝わらなかったりもする。

田中 僕らが子供の頃には、8月のお盆の時期になったら、テレビで恐い戦争の映像が流れていて、戦争反対とはそういうものだと思っていた。でも、スネークマンショーの戦争反対というものが出たから、あ、戦争反対って、オシャレなんだなぁ〜と思ったことが、すごく僕らの世代的には大きいのかも。いまラジカルに、SNSですごくとんがった言葉を発する人は、僕は正直苦手なんです。でも、それは理解できるし、それをやることを否定するつもりもない。そういう強い言葉でしか動かない人もいるし。でも、逆に強い言葉だと拒絶する人もいるということを、わかるべきなんじゃないかなと、僕はいつも思っていて。

常盤 田中くんは京都だし、僕は文京区生まれなんで、それでも、同世代の中で、まだラジカルな環境が多少はあったわけですよ。俺はたまたま、幼稚園に入る前に、家の隣が教育大学のキャンパスで、広場がそこしかないので、そこで、おじさんにもらった迷彩のマシンガンがあって、それで遊ぶじゃないですか。それで、すごく大学生に怒られて。そういうもので遊ぶこと自体がよくない。でも、子どもだから、遊びたい。

田中 僕もその言葉で思い出したけど、NHKで小学校理科5年生とか観るじゃん。それを観たあとに、映像が切り替わって、戦車が映ったの。何かの番宣で、それを観たみんなは「カッコイイ〜」って言ったの。そしたら、先生はバカ怒りして、「戦車がカッコイイとは何事ですか!」みたいな。でもね、子ども心に、マシンガンも……

常盤 そうそう、カッコ良かったよね。でも、そう思う反面、そのときの印象としては、俺はすごく大学生になりたかったな。なんでかというと、学校休みだし、みんなめっちゃ楽しそうだったんだよ。そのときの安保の学生が。その頃住んでいた家は東大の近くだったんだけど、デモ行進がジグザグで来るじゃないですか。機動隊とモメてたりもするんだけど、ふだんの大学生は歌を歌ってめっちゃ楽しそうだった。

田中 なるほど、俺はそこにポイントがあると思っていて、これをSNSでつぶやいたら、絶対集中砲火浴びることはわかっているんだけど、結局、デモは楽しいって言えばいいんですよ。でも、「デモは楽しい」って言えない。デモをレジャーとして考えるようなやつが、反戦を謳うなとか、そういうふうに言われがち。でもね、本当に、デモは楽しいとか、デモはレジャーだとか反戦はオシャレだというキャッチをつけるとか、そういうふうに柔らかくやっているものこそ、ラジカルなんじゃないかと思っていて。

常盤 そういう時代を本当に体験していて、もっとバリ左翼で活動家をやっていた文化人の方が、両方の面をちゃんと言ってほしいなって思っていて。それは、そこにいて、すごく本気で訴えて、どれだけの人間がそこに参加するために僕らは努力したかとか、だけど、すごく近いところから機動隊に石をぶつけて楽しかったとか。そういうことも言ってほしいんだよね。

田中 ほんとね(笑)。

常盤 それは世界中でもそうで、実際に70年安保のときとかの人数、世界中の反戦の人数、いまの時代、もっともっと影響力のある人が……だってジョン・レノンとか、リアルで影響力がある人がいたわけだから。そういう中でやって、やりきれなかった部分はなんだったのか。何をやりきれなかったのか。

田中 結局、そこに挫折があるみたいなところ。僕らは挫折すらしていない。

常盤 そう。そして、僕らよりもっと若い世代はそれも知らないから、無心にやっているんだけど、でもその結末が変わらないことに向けてやっているのを焚き付けるのはフェアじゃない気がするんですよね。

田中 ジョンとヨーコが『ベッド・イン』したときって、今の僕らよりはるかに年下で29歳、それをすごく感じてしまうのは、僕も常盤君も今年49歳なんですけど、たとえばボブ・ディランが『風に吹かれて』歌ったときって、彼は23歳なんですね。圧倒的に、僕には若さがなくて、若くないジジイが「戦争反対」って歌ったところで、俺らが子どものときに、ジジイとかおっさんにいろいろ説教されたところで「はあ?」って思ったことしかなくて。

常盤 すごく意識的な若者もいるけれど、それは若者の中で少数派で。だから、僕らが言えば言うほど、若者の気持ちが離れてしまうんじゃないかと。

田中 そう。そうですね。

常盤 それは自分らの経験からしてそうで、URCのフォークとかもよくあったけれども、加川良さんの「教訓」とかも聴いて、そのとき小学生とか中学生がカッコイイとは思えなかった。

田中 わからないよね。そういうプロテスト・ソングみたいなものって、「なんて古臭いんだ」と思って、自分がレア・グルーヴを集めていくなかでも、一番排除するというとおかしいけれど、ジョーン・バエズのレコードをレコード屋で見かけても、いちばん排除したいところにある、みたいな。でも、たとえば最近のことで言えば、一番良かったなと思ったのが、SEALDsのネーミングですよ。オシャレなんですよ。あれが「戦争に反対する若者の会」だったら、アウトなんですよ。それがSEALDsという愛称で呼べるということが、いかに素晴らしいことかと。僕は、反戦はオシャレだ、戦争反対と叫ぶことがなんてスタイリッシュなんだろうという風潮になることが、誤解を恐れずに言いますと、一番有効な反戦の手段だと思います。たとえば、ピチカート・ファイブの小西康陽さんが引用された、吉田健一さんの「戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」という言葉があるじゃないですか。なんてオシャレな反戦のメッセージだと思ったんですけど。「そこはかとない反戦選曲」というのは、そういうことなのかなと思います。そういうスタンスで、知らず知らずのうちに心に入り込んで、反戦の芽を植え付けていく。それは、反核でもいいんですけど。SNSで表面切ってラジカルな発言をしない人って、そういう思想に無関心じゃないのかなって思われたりするんですけど、そんなことはないんだよって。それはもちろん確固としたものがあって、でも手段、反戦のやり方というのは、それぞれ考えるべきだし……政府とかはもっともっと頭が良くて、いわゆる善良な市民が知らず知らずのうちに戦争を承認する立場に追いやっていくわけでしょう。だったら、こちらも姑息な手段で行くべきなんですよ。それが、みんなデモに参加しよう、デモに参加しないやつは人間のクズだみたいなことを言ったら、反発する人も増えるんじゃないかな。僕はデモに行かないと絶交と言われるより、デモは楽しいから行こうと言われるほうがいいなと思っていて。僕がもし22歳だったら、FPMが22歳だったら、今まさに反戦歌や反戦アルバムを作りたかった。茂一さんは、今からでも遅くないから作りなよとおっしゃるかもしれないけど正直遅いんですよ。いや、もちろん反戦だし反核だし、FPMとして何かそういう活動ができたらいいなと思っているのは間違いないのですが…。たとえば「SEKAI NO OWARI」なんてバンド名をつけるのは、彼らの音楽が好きかどうかはさておき、天才だと思いますね、バンド名の付け方として。そんな「SEKAI NO OWARI」が今、反戦アルバムを作ってくれたら素晴らしいなと夢想するんですよ。こんなことは彼らに正面切って言えないので、Dictionary誌面だから言いますけど、僕はそういう期待があるんです。結局、おっさんがゴチャゴチャ言うよりも、若いやつの一発がどれだけ効くかという。それはもしかしたら、ボブ・ディランが23歳だったからというのと共通するのかもしれないし、一方で、きゃりーぱみゅぱみゅがファッションだと言って日章旗をアー写に採り入れたら韓国から総攻撃を受けるという状況でもあるわけで、なかなか簡単にはできないご時世ではあると思うんですけど、そのあたりを自分自身が、これから音楽家としてどういうふうにあるべきかと考えたときに、選曲はできるなと思うんです。PIRATE RADIOでも、ちょうど終戦記念日の前の日に時間をもらったし、だったらそこで、やるべき選曲があるだろうなとも思ったりして、ミックスのラスト辺りでジェフ・バックレーの『ハレルヤ』を選曲しまして。実は、反戦ソングでもなんでもない曲なんですが、結局そこでみんなが感極まって、反戦への気持ちに涙しましたなんてことをTwitterのタイムラインに書いてくれるんです。音楽でもって反戦のメッセージを植え付けることの実験でしたね、ある意味。


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