うつくしいひと第七回 「信念」

柘植伊佐夫 文/写真
里アンナ アーティスト

日本では参議院選挙が終わり与党が過半数をとりました。改憲勢力も三分の二に迫り国論を二分する流れになっています。それにさきだってEU残留か離脱の国民投票をおこなったイギリスは予想に反して後者に決まり、残留を推進していたキャメロン前首相は責任を負って辞任し次期首相もすみやかに決まりました。そんななかで今上天皇が生前退位を希望されていることが報じられ宮内庁は即座にそれを否定するなど、国の形を揺るがすような出来事が世界中のあちらこちらで見受けられます。

わたくしたちは一体どのような世界に生きているのでしょう。まるで人生の地盤がユラユラとして身の置きどころが安定しないような、なにをよりどころに生きればいいものなのか見えにくいような時代の空気を感じます。もしかすると子供の頃はただ無責任に生きていて、時代というものには絶えず今のような不安定さがつきものであったのに、ただ幼さや無知さがそれに目隠しをしていただけなのかもしれません。そんな風にかんがえると無知でいること、無責任でいることも幸せであるように錯覚します。

けれどもわたくしたちが幸せであるということは、決して無知や無責任によって成り立つものではありません。それは気が楽かもしれませんが自由でいられるということは責任を負うことでしか得られません。自由を得ることは幸せなことではない、あるいは自由であることと幸せは一致しないと考えるのであれば、そのまま無知であり無責任でいるのもひとつでしょう。けれども自由とは人間が人間的な生き方をするという権利そのものです。それこそが世界が歴史を賭けてこれまで得てきた「人権」と呼ばれるものなのではないでしょうか。

国のあり方が揺らいでいる時、あるいは揺らいでいるのか揺らいでいないのかもわからない時、もしかすれば盤石な国家であったとしても、その姿が自分の信じる世界と違っていたらそれはすくなくとも自分にとって不安定なものです。誠実さとは自分が信じる世界に対して嘘のない自分の態度です。これさえあればすくなくとも国や世界というような外界がユラユラしていたとしても自分が揺れることはありません。選挙などで自分の思い通りになったりならなかったりそのような揺れ動きは人生のほとんどの局面で起きる現象ですから、自分に信念があるのかどうかそれだけが不動の世界に近づく姿勢な気がします。

信じるものをもっていてでさえ義務の衝突がそこかしこで起きるのが人生の不条理です。自分の信じることに嘘をつかずに生きたいと思っても、他人への貢献を考えた場合に自分への正直さを殺して淡い嘘や詭弁をもちいて、他者をふくむ全体的な利益を誘導しようと考え行うのもまた人間です。そのような状況は暮らしのなかに星の数ほどあることです。自分に嘘をつかないことと他人への貢献を両立することは次第によっては衝突を起こし、道徳性を裏切っているのではないかと自己嫌悪や疑念を生じさせることもあります。

自分に嘘をつかず暮らせるにこしたことはありません。けれども嘘とすら思えないような無自覚な嘘、あるいは方便のようなものさえ使いものごとを曖昧に表現したり、どちらともつかないやり方で他人を助けることすらあります。生活とは厳密に突き詰めると相手を傷つけたりものごとが立ち行かなることも多いからです。けれどもそれは自分のどこかを曲げて嘘をついているかもしれない。そのような不条理に出くわしたとき、「はたして自分の言動は正しいのだろうか」と葛藤します。その解決は永遠につきません。けれどもその矛盾に悩む心は尊いものだと思います。生きるからこそ人間であるからこそ生じる悩みの質を高められるのは、責任を持ち無知を打破しようとなにかを信じ行動しているひとです。その姿は苦しくともうつくしいものです。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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