うつくしいひと第八回 「一途」

柘植伊佐夫 文/写真
美甘子 歴ドル

リオでオリンピック・パラリンピックが終わり四年後の東京に引きつがれる。スタジアムやシンボルマークをめぐる喧騒や予算使途の妥当性、なぜ今日本で・東京で、山積する課題に先んじてこのような巨大行事を行わなければならないのかの広い説明は置き去りにされたまま、時の政権がそれを望み世界が採択しました。ひとつの案件に対してそれを支持する人もいれば反対の立場をとる人もいる。また無関心でしかない人々もいます。誰かが望むものを誰かは望まない。そのものさえ知らないということは世の中に散見します。あらゆるものごとは自分が認知してはじめて存在し、その事実は嗜好とまったく関係なく、「ただそこにある」だけです。

無限に漂う「ただそこにあるもの」。そのうちの何かと出会い、価値や意味を見出すことは生きて行くうえで大切なことではないでしょうか。さまざまな情報はそこにあるのに見えていないものがほとんどで、自分自身が見出してかかわることによってのみ命が吹き込まれます。興味がなくては存在も始まりません。オリンピック競技とパラリンピック競技をくらべてみれば興味と認知度の実数は前者に軍配が上がるだろうと考えられます。健常という条件を世界人口に照らせばそちらが数の優位を占めており視聴を下支えするだろうからです。その競技に興味を示す人はその対象物が自分と近い部分を持っており共感の理由となります。しかし文化度も進んでいくと、たとえ自分と身体的違いがあってもその精神力と実行力の深さに共感を覚えることができます。だからこそパラリンピックに目を向ける世界の人々は、彼(女)たちが命を燃焼させる姿に生の本質を見出して共感し応援するのです。

自分が知らない世界は「まったく見えていない」か「見えていても意識されない」ために、結局「そこにあっても見えない」という状態に陥ります。しかしある出来事によってその盲目状態に裂け目ができて、好奇心の光が差し込みます。そのきっかけはわかりません。なにかを勉強しているうちにその末端からインスピレーションを受けることもあるでしょうし、ふとした人との出会いによってその相手がやっている内容の一部かもしれません。あるいは時代や社会が激しく動く中から使命のような啓示を受けて突き進んでいくことになる、神のイタズラのような出来事。さまざまなあり方があるのでしょうけれども、ともかく理屈ではうまくいえない磁力に導かれてそれまで知らなかった世界の裂け目に引き込まれることは確かにあります。

学ぶほどに自分がどれほどものを知らなかったのかを知る、というようなことは先人の多くが語るところですが、自分が知らない世界があるということを認め、それが眼前に現れたときに勇気をもって相対する真面目さは、きっと人生を切り拓いていく・豊かにするうえで不可欠なのではないかと思います。そしてその「知の裂け目」のようなものに出会ったり、引き込まれようとするとき、そこに新しい価値を見出して突き進んでいけるような突破力は、逆に頭で考えていてはままならないものではないのかと思います。幕末を振り返ってみれば「維新三傑」と呼ばれる日本を突き動かした人々の享年に驚かされます。大久保利通47歳、西郷隆盛49歳、木戸孝允43 歳。皆、これほどの若さ(現代の高齢化を見よ!)で、国を動かし死んでいきました。坂本龍馬にいたっては享年31 歳です。彼らは大勢の人々より先に何かを見てしまいそこに突き進まざるを得なかった。そして命を全うしたのでしょう。

ただそこにあるもの。自分が知らない世界。わたくしたちはそのような、自分にとって未知な、また存在が未定な状態のものたちにとり囲まれています。そのような雲のような状態のものに、ふとしたきっかけで時空の裂け目のような一種の現実との架け橋ができます。それはおそらく、自分自身の誠実さや好奇心によって引き寄せられて、神様のひとふりによって現れます。そんなものがほんのわずかな光でも見えてしまったら、果敢に飛び込んで、なにかわからないものであっても一途に挑戦し続ける、それはやはりうつくしいのです。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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