うつくしいひと 第九回 「 正義」

柘植伊佐夫 文/写真
岸 淳子 brassery holoholo オーナー

この原稿を書いている一年前、パリで同時多発テロが起きました。本連載の第三回「反骨」を書いていたのがまさにこの日のパリでした。今でもあのときの緊張を鮮明に覚えているのと同時にもう一年経ったのかという驚きもあります。そしてこの間にはテロや紛争が頻発し、尊い命は失われ難民も溢れています。そのようなさなかドナルド・トランプ氏が次期大統領に選ばれたことに世界は衝撃を受けました。言うまでもなく彼の言動が大統領にふさわしからぬ印象を与えていたからであろう、対するヒラリー・クリントンの実績や知的 振る舞いがその職に値するだろうと常識的にも世論調査のうえでも判断されていたからのように思われます。

何が正しいのか正しくないのか。選挙であれば憲法という前提があり基づく選挙法があり、それに則り導き出される答えが正しさでしょう。人の数だけ信じるものがあるでしょうから個人の考える正しさもそれぞれだと思います。人がひとりだけで生きていくことができるならば自分が信じる正しさだけで過ごしていけばよいことです。しかしながら世界は人であふれている。そのような中では不完全かもしれないけれども多くの人に共通する正しさを見つけ出さなくてはならない。政治ではそれが選挙によって導き出され、その民意が民主主義における正しさと考えられます。それは数に支配された全体の正しさです。

わたくしたちは孤独に暮らしたいとは思っていません。少なくともそれほど多勢に囲まれていなくともひとりぼっちは寂しいものですし無意識にどこかで助け合いながら生きているものです。民意という正義をはかる上では全体からそれを抽出しなければなりませんから、対立する意見のなかにも含まれている正義は切り捨てて多数が尊重される仕組みになっている。けれども人間の求める本質的な正しさは白黒に割り切れるものではありません。それを判断する土壌には人種や信仰、信念や倫理観の違い、知識や経験の違い、年齢やキャリアの違い、あるいは経済格差のようにあらゆる差異があるからです

そうなってくると、「他人にとって正しくとも自分には受け入れられない正義」ということも現れることさえあります。むしろそのような不条理を乗り越えることが生きるということかもしれません。先の大統領の例に鑑みれば自分が投票しなかった人物でも受けいれざるをえない必要が生じます。すると世の中には、「他人と共有すべき正義」というものと、「自分にとっての正義」という二立が生じる場合もあります。 もちろんその二つが重なり合えば自己矛盾も生じずに忍耐も必要なく平和でしょうけれどもそうとばかりはいかないのが人生です。

「自分にとっての正義」を秘めていることはうつくしさにとって大切なことのように思われてなりません。もちろん自分の正義を貫くために反社会的な行動も辞さない、などと言っているわけではありません。他者のことも認め、社会のルールに則った結果でてきた「他人と共有すべき正義」が、自分の信念とズレていようとも一旦それを引き受けられる度量を持ち合わせると同時に、「自分にとっての正義」を他人に強要するわけでなく、淡々と生活のなかで実践していく強靭さ。自分自身の目的に信念を貫く態度。思い通りになることやならないことがマーブル模様のように混沌としたこの世界において、他人と共有すべき正義と自分にとっての正義をしっかりと胸に秘めて実行している人、それはたしかにうつくしいひとだと感じます。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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