うつくしいひと 第十回 「縁起」

柘植伊佐夫 文/写真
広崎うらん コレオグラファー・演出家

世の中には「いて欲しい人」というタイプがあります。たとえばわたくしがどなたかに仕事の依頼をする立場であった場合を考えてみます。まずはじめに、わたくしの依頼者からは自分が達成しようという目的のために、その能力に見合うと思っていただいてお仕事のお声をかけていただきます。その対価にはだいたいの場合お金をいただきます。お金でない場合にはそれ以外のベネフィット(たとえ無料であったとしても自分にとって価値あると思われる何か)をいただくことでバランスをとるわけです。ひとりでできることばかりではないから自分の手助けをセットします。考えてみれば、この時点で自分も依頼者と同じ立場に変わっています。結局、人はひとりでは何もできないことをこんな場面で悟ったりするわけですが、自分の依頼者と同じように、自分が達成しようとする目的をサポートしてもらうためにスタッフなり仲間を考えますが、この際の基準とはどのようなものなのでしょう。わたくしの場合、もちろん事細かな能力差、能力における文脈差、ネームバリューと費用対効果、人格と相性、などは精査します。これらは当然なこととしましても、「世の中には上手い人なんてゴマンといる」という状況は、さくっとネット検索すればそれなりの人材を発見できるのと同様であって、「声をかけられる人=上手いから」というのは序の口というかそこに重点はおいていないわけです。

わたくしの場合、なにがお声をかけさせていただく基準なのか、あるいは動機や情動なのかといいますと、案外直感的というか論理的ではない部分も働いておりまして、「あなたがそこにいて欲しい」と思うかどうかなんですね。「ああ、あの人にいて欲しいなぁ」なんて。ちょっと子供っぽいような気もしますし、そんなことでお声をかけさせていただくにしては、やろうとしていることが大きなプロジェクトであったりすることも多々あります。でもこんな風に書きながら、やはりたしかに「あの人にいて欲しいなぁ」っていう感情がすべてのような気がしてなりません。どうしてかっていうと、結局「これ自分ひとりじゃできないな」って不安に思ってるわけですね、一番最初は。一方では、「やれるような気がスル」という一種の確信がなければ依頼をお受けできるはずはありませんし、経験則的にも大丈夫だとは思っているんですね。ただし達成するには素晴らしい人に恵まれなければならないわけですが、そういう仲間が集まってくるだろうという部分も、やはり自分の能力の一部として信頼しているところもあるのです。特に傲慢な自意識ということではなくて、「これまでそうだった」という一点のみで大丈夫だろうと思っているわけです。

では、「どうしてこれまでそういう仲間に恵まれてきたんだろう」ということになりますと、これはもはやオカルト的というか、スピリチュアルワールドというかな部分だと思うんですが、その核になる部分は、「この人にいて欲しいなぁ」という、「理由なき欲求」にしたがってお声がけしているというか、「え? どうしてボク(わたし)に声かけてくれたの?」って実際たずねられることもあるんですが、「や、まだなにがどうのってわからないんだけど、とにかくいて欲しいと思ったんだよね」などという非常に暴力的な理由を述べてですね、納得してくれるお相手もお相手なんですが、しかしながらやはりわたくしの場合は依頼するお相手がクリエーター、アーティスト、職人の方々であることがほとんどなので、こういう気持ちというかをわかっていただくことができるんですね。もちろんこれは同じ、「非言語コミュニケーション」の領域を分かち合っているからこそなんだと思いますし、そういう部分が、「肌が合っている」「相性がいい」「ご縁」などの部分なのだと思いますし、その共感なくしてわれわれのような、「何かを伝える仕事」などむずかしいんですね。

結局、わたくしが好きなひとは「縁起のいいひと」なのだと思います。「どんなことが縁起がいいんだろう」なんて前々から思ってはおります。いちがいには限定しにくいんですが、たとえば、「一拍(いっぱく)はいらないこと」なんていうのはわたくしにとって大切な部分で、そういうひとは縁起がいいなと思います。たとえば、「これについてどう思う?」なんて聞かれた時に、「うーん」ってなる。これ、すでに一拍はいっています。「間」がはいっています。この間は、「魔」にも通ずる、なんて友人の歌舞伎役者からお聞きしました。なのでこのような間の入る判断は極力避けていくということです。もちろんものごとには熟考しなければ達成できないことはあります。というかまずは学び、調べ、熟考し、決断しなければなりません。しかしながらあるレベルに突入していったとき、「もはや論理的にはその確率を判断できない」という領域になります。そこでは「間髪入れず」だけが問われてくるのです。つまり「間=魔」になってしまいます。ですので「縁起のよさ=一拍はいらない=魔がささない」という図式になろうかと思われます。ということで、わたくしがお声かけするひとは「縁起のいいひと=うつくしいひと」と勝手に思っているわけです。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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