うつくしいひと 第十七回 「探求」

柘植伊佐夫 文/写真
吉田ユニ アートディレクター
ページデザイン 小野英作

この世界に揺るぎないものがあるのだろうかと思うことがあります。愛。確かにそうですが、あまりに急激に真理に近づきすぎて、かえってそれってどういうことだろうと思ったりもします。このようなことをつらつらと思い描くのも、この世界の様々な出来事、大げさでもなんでもなく、とても日常の、日々の暮らしを見ても拠り所と呼べるようなものは何もなく、時とともに移ろうつかみどころのないことばかりのように感じられるからです。

わたくしたちは様々な仕事や表現をしています。たとえ仕事についていなくとも自分と誰かが繋がって相手に対して何かをする限り、それは「自分を外に表す」という意味において基本的に表現者と呼べるのではないかと感じられます。気にも止めないうちに相手に自分の考えや感情を述べる時、一体何を基準にしているのか、何を拠り所にしているのか。それは無意識のうちに取捨選択している過去性に含まれているものもあります。

生まれたての赤ん坊が泣き笑いするのはそれが精一杯の自己防衛だからで意識してのことではありません。ところが成長していくうちに様々な情報が自分に取り込まれて事の良し悪しや分別を身につけて個性や能力差に違いが生まれます。赤ん坊の時にはさほどの違いがあるようには見えないのにもかかわらず、大人になるといかにもバラバラになっています。そんなパラパラな人間たちがこの世界を眺めた時に果たして同一の世界がそこにあるのかわかりません。同じ赤いリンゴを見てその赤色が同一なのかを立証できないのに似ています。

この世界に揺るぎないものがあるかどうか。おそらくそれはあるのだろうと思います。昔の哲学者は真善美という概念を産みました。真も善も美もそれぞれに独立しうるものですがその調和されたものが上等であるというような乱暴にくくればそんな意味でしょう。「この世界の揺るぎないもの」が果たして真善美なのか。黄金律は宇宙に潜み、それ自体か美の秘密(あるいは核)であるように思われるのと同時に、非人間的で、虚無で、退廃の中にも残酷なことに美は存在します。その暗黒面に制御をかけるものが善であり、では美と善だけでなぜ事足りないのか。おそらくそれだけでは悠久の時間に打ち勝てないからでしょう。

それほどにこの世界に潜んでいる揺るぎないものを発見するのは至難の技で、だからこそわたくしたちにはその謎を解く上で(これも非常に矛盾しているのですが)知性的・理性的な面ばかりではなく、感情的・野性的に「何かを察知する」「嗅ぎとる」「直観する」というような能力が備わり、それら人が持っている能力を総動員して、刹那のうちにその本質を見破り愛に醸造するのだろうと思います。果たして愛という形に醸造するのかすでにそこに愛が存在するのか。そしてその愛はこの世界における揺るぎないもの・そのものなのか、このように書いていてもなんだか禅問答のようで分からなくなります。

ただわたくしたちは生きている限り、「この世界に揺るぎないものあるのだろうか?」を見つけようと彷徨い続けるエクスプローラーのような気がします。そしてそれはすぐ目の前にまるで青い鳥のようにさりげなくいるものかもしれませんし、自分が納碍しない限り出現するどころかその疑問すら覚えない謎そのものなのかもしれませんし、人によっては生きる上でどうでも良いことかもしれません。ただわたくしの視座からは、どんな人間にも共通して感じ取ることができる確固とした揺るぎないものを見つけようとする態度の持ち主は極めて高潔でうつくしいと感じざるを得ないのです。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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