うつくしいひと第十八回 「礼節」

柘植伊佐夫 文/写真
髙橋正典 バリトン歌手
ページデザイン 小野英作

うつくしさを浮き彫りにするために、みにくさについて考えてみるのも一つの手段です。世の中にはうつくしさがあると同時に光と影のようにみにくさが対をなして存在しているかのように思えます。宇宙を見渡してみれば(とはいえアストロノーツではないわたくしはただ様々な観測機器の画像データから思い巡らすしかないのですが)、光と闇がどのような形で姿を現そうともそれらはどれも平等に美しく感じられます。もっともうつくしさを感じるのは個々人ですから「わたくしにとって」は美しく感じられます。

自然界を見渡してみて姿形のグロテスクな生物たちも散見されます。爬虫類や両生類などはいささか触るのがはばかられるなというようなものもあります。これも個人の嗜好の範囲ですから首に蛇を巻きつけて充実した暮らしをされる愛好家もいらっしゃいます。その蛇がみにくいというわけではなかったとしても、恐怖心が先に立ち「うつくしさの感情を封印する」というようなこともあります。もちろん逆にうつくしさは感じるけれども近くにはちょっと、という場合もありますからなかなか複雑です。

とはいえ自然界にある様々な生命や無機物ですら見慣れなさによる拒絶感を乗り越えれば「皆うつくしい」と感じられます。嵐にたける深い森の姿は恐ろしいながらも美しく、イグアナの皮膚の凹凸や冷酷な目つきも、そこに感情や生理を織り込まずにただ観察の視座に立てば平等にうつくしくあります。もっとも観察の視座であればそこには情報が存在するだけですから、そもそも「うつくしさ」という感情的な産物は存在しないはずです。だからこそカメラを操る人間にこそ「美醜の境」を判断する能力を問われ、カメラはそれに従いただ情報を収める機械です。

このようにみにくさとは、「不安感」「恐怖心」など本能的な情動と直結するサインのように感じられます。見慣れないものや不調和なものが自分に侵入してくるのを防ごうとする異物への防衛本能として、「みにくさへの感情」が根本にあるように思われます。とするならば「みにくさの感情」とは相手に対する一種の敵対心や拒絶心です。それを持ち合わせることが悪いのかというのは論じる意味がなく社会的な動物としてのわたしたち人間には、自分の身を守るためにそのような機能があるのでしょう。

はたして人間を毀損するみにくさとはなんでしょう。おそらくこれは、わたくしたちの「命を損なう行いや精神」に基づいたものたちなのではないかと思われます。世の中を見渡してみれば(もちろん自分の中にも)、貪欲に人を押しのけて自己利益を重んじようとする場面があります。ましてや現在のように経済システムが発達し無駄なく動いている世界では、逆にどこまでが自分でどこまでが他者の領域なのか、そのせめぎ合いに伴う善悪の彼岸すら曖昧にして利益の奪い合いに発展することもあります。

熾烈な生存競争な社会がある一方で、それら経済原理には一切揺らがない善悪の行動原理を持ち合わせている人々もいます。熾烈な社会を生き抜いていくことはみにくいことではありません。むしろ生物はそれを勝ち抜いて順応し、進化し、今の我々がいます。しかしなぜ人間が人間でいられるのか。カメラがうつくしさを判断できず、人間だけがなぜそのうつくしさを判断し得るのか。世の中にはびこるみにくさを感じることが自己防衛からの機能であるなら、美醜の境界線には必ず「人間らしさ」の基準が横たわっています。

みにくいということに敏感であることはうつくしさに敏感であるのと同じです。みにくさとうつくしさへの反応は、ともに「命を重んじる」という機能です。それらは相手を拒絶する一面を持ち合わせる一方で、その対象を洞察し理解を深めることで、他者を包容する、他者と繋がり合うという逆説的な機能にもなりえます。なぜならみにくさとは無理解の産物である場合も多く、うつくしさが錯覚である場合も多々あるからです。

みにくさやうつくしさの判断を自由に往来できること。その柔軟で真摯な心の持ち主はどのような環境に置かれようとも自分自身を失わない礼節を保っています。なぜなら人間の判断に完全で確かなことはないことを知り、その曖昧な日常を切り抜けるためにマナーがあるからです。一方で、みにくさを含めた揺れ動く人間の感情を表すことが芸術の仕事であり、うつくしさもみにくさも包括できることにこそ人間の強さが問われるのでしょう。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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