うつくしいひと第二十一回 「放浪」

柘植伊佐夫 文/写真
リム・カーワイ 映画監督
ページデザイン 小野英作

北京のホテル。朝5時半。仕事で何度か訪れているこの地は相変わらずPM2.5 のせいか霧かかっています。けれどもそれが身体に害毒であっても視覚的には風情を感じさせるもので、うつくしさがことの善悪とはなんの関わりも持たないことを代弁しているかのような気分になります。

わたくしは中国料理が好きなのでさまざまな中華系が集まっている今回の仕事のチームの人々に北京料理の特徴をたずねてみると「いささかしょっぱくて濃い」らしいのですがそんな野趣溢れる味が嫌いではありません。味に翻弄されたり出会ったりすることは旅のエキゾチシズムを堪能する一部といいますか、どこへ行ってもここの料理は美味しいなぁと思ってしまう感化されやすい体質と申しますか、不正確な舌と人生にポリシーの曖昧さがつきまとう自分です。

仕事柄旅することが非常に多いわけですが出不精です。できればずっと引きこもっていたいくらいの性分なのですが、もしかするとそのような性根を叩きなおすために神様が旅という試練を与えてくださってるのかしらと思われるほど旅だらけの人生です。しかし旅に出てしまうとあっという間に馴染む自信はあります。すぐに好きになってしまうのかもしれません、その地を。

元来に人に興味津々なので、だからこそきっと多くの方々の姿形を生み出すような仕事をしているのでしょうけれども、あらゆる国に行けば当然のことながら見たこともないような容貌や言動の方も見かけるわけで、そのような新しさに出会うとちょっと怖いなという気持ちと同時に面白すぎるという情動を抑えられずに凝視観察する自分もおります。前者はほとんどわずか瞬間というようなもので、わたくしの欲求のほとんどは後者です。

ただ仕事で訪れることがほとんですから本当の旅人ではありません。本当の旅人というものは自分で行く場所を決めて、どのように行くかを段取り、お金の工面も立てて、不在の間の心配や行く先々での不測の事態も勘案して、考えうる好条件を自己責任で面倒みるものです。そのような事前の努力を自然にやり遂げられる者にこそ旅人の称号はふさわしいというものでしょう。

そのような才能にわたくしは限りない羨望を覚えるものです。旅人にとって初訪の地はこれまでの経験則を試す戦場であると同時に、無垢な赤子に引き戻されるアドベンチャーの精神領域に違いありません。少なくともいつも守られた状態で旅している旅人もどきの自分でさえ、旅先から影響される印象は計り知れず、自分の心の中にこのように感じる部分があったのかなどという発見があります。

中国のことわざに、「初生牛犊不怕虎 生まれたばかりの子牛は虎を恐れない」というものがあります。旅をするということは周到でいて臆病でなければならない部分があるのはもちろんですが、それらのベースが担保された時に心は生まれたばかりの小牛になることができます。その地について予習したことを越えて、実際目にする現実が体感として凌駕した時に、無垢な子牛は「未知」という虎に果敢に挑戦するものです。なぜならその未知に出会うことが目的だからです。

未知は虎のようにどう猛ですがうつくしい容貌をしています。その毛並みは光沢に満ちて、瞳は人を引き込まずにおかない光をたたえています。旅人はそれを知っているからこそあらゆる現実を犠牲にして旅を選ぶ。未だ定まった地という現実に足を引っ張られている自分は、その放浪の勇気に憧れと嫉妬を禁じ得ないというのが正直な感情で、子牛のように恐れを知らない放浪者を見てそのうつくしさにため息をつき、結局その背中に着いて行く追随者だと思い知らされるのです。

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柘植伊佐夫
人物デザイナー / ビューティディレクター

60年生まれ。ビューティーディレクターとして滝田洋二郎監督「おくりびと」や野田秀樹演出「EGG」「MIWA」などの舞台、マシュー・バーニーの美術映像など国内外の媒体で活動。 08年より「人物デザイン」というジャンルを開拓し、大河ドラマ「龍馬伝」「平清盛」、映画「寄生獣」「進撃の巨人」、舞台「プルートゥ」などを担当。作品のキャラクターデザイン、衣装デザイン、ヘアメイクデザイン、持ち道具などを総合的に生み出している。


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